Ignorance is bliss.

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Ignorance is bliss.

「あの子は今、どこにいるのだろうか?」 こう呟き、どこか虚ろな目で蒼穹を見上げる一人の女があった。名前は「祐稀(ゆうき)」 彼女は自分の子「智明(ともあき)」と手を繋いでいた。 智明はそれを聞き「ボクはここにいるよ」と返事をする。  昔の話をしよう。祐稀は生まれつき心臓が弱く、体を動かすことに難儀する生活を送っていた。小中高の体育の時間は毎回見学、階段も三階まで登るだけで息を切らし、歩行の際もゆっくりとしたものでなければすぐに息を切らし倒れてしまう程の虚弱体質であった。 祐稀は大学を卒業し、年頃の娘となり結婚を考える時期を迎えた。そんな彼女のハートを射止めたのは、歯科医の男「泰明(やすあき)」だった。 出会いは祐稀の歯の治療を担当した泰明の一目惚れであった。祐稀はいきなりの交際に申込みに困惑した。祐稀は体の弱さのせいかこれまで男性との交際経験はゼロ。いきなりの白馬(白歯)の王子様の登場に心がときめき、流れるままに交際を始めるのであった。 泰明は真面目で誠実な男。祐稀の体の弱さを理解し、移動は極力車を使い、デートの際もなるべく歩く必要のない場所を選ぶ。歩く必要のある遊園地、美術館、動物園、水族館は極力避けられた。ただ、どうしても見たいもの(珍しい動物や魚、期間限定の美術品など)があれば祐稀が歩く必要がないように車椅子を借りてのデートとなる。祐稀は泰明に「恥ずかしいからいいよ」と遠慮をするのだが「君が一緒なら恥ずかしくない」と構わずに車椅子を押してくれた。デート中、心無い者に「あんな若いのに車椅子なんて可哀想」「車椅子邪魔だな」と、言われ祐稀は悔し涙を流すが、泰明は一切気にすることなく車椅子を押したまま、何も言わずにハンカチを差し出した。祐稀はその優しさに心打たれ、この人と共に生きていきたいし、生きていけると考え、結婚に至る。 結婚より十月十日…… 二人の間に子が生まれた。元気な男の子で、名前は「崇明(たかあき)」と名付けられた。祐稀はその子が生まれる前よりずっと願っていた「あたしの体の弱さを受け継がずに生まれてほしい」と。その願いは叶い、幼稚園の体力テストでも周りの子供とは一線を画する程の結果を出し、体格も周りの子供たちに比べて一回りは大きく、元気溌剌な腕白少年に育つのであった。
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