1,幸也

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コンビニで買った100円のコーヒーを飲み干しても、寝不足の頭は相変わらず重くよどんでいる。 スマホを見ると、綾乃からLINEがきていた。 「朝バタバタしてごめんね!授業終わったらLINEするね♪」 返信せずにLINEを閉じると、幸也はInstagramの情報通りに大通りを南下する。 すぐに目印になるジャズ喫茶が目に入り、裏通りに入ると急に静かな住宅街になった。 こんなところに店などあるのか。 そう思った瞬間、強烈な焙煎の香りが幸也の鼻を突き抜けた。 頭に重くのしかかる霧が吹き飛ぶような、鮮明な香りだった。 甘いような、ほろ苦いような、それでいて柑橘系の爽やかなフレーバーも混ざったような。 それがコーヒーの香りであることはすぐに分かったけど、それは幸也が今まで経験したことのない「良い香り」だった。 香りの正体はすぐに分かった。 路地の隅に膝の高さほどの立て看板が置いてあり、住宅の家と家の間にひっそりと木造の長屋作りの建物がある。 木製の立て看板には「cafe HYGEE」の白い文字。 相変わらず幸也には、それがなんと読むのか分からなかった。 木のサッシとガラスの引き戸の前には椅子が置かれ、その上に黒板が立てかけてある。 幸也は店の前で足を止める。黒板にチョーク書かれた手書きの「本日のコーヒー」は、女性の字に見える。 なぜかガラス戸の向こうの店内を覗くことができなかった。Instagramの情報が正しければ、そこには「あいつ」がいるはずだったから。 「帰ろう」と幸也は決めた。
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