1,幸也

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この店にあいつがいても、いなくても、何がどうなるわけでもない。 だいたい俺はあいつに会って何がしたかったのかと幸也は思う。 あの時、傷つけたことを謝りたいのか。 それともあいつが俺に気付いて、またあの時のような目で俺を見てくれることを期待しているのか。 あの時のように「天才だね」と言ってもらえたら、この大学生活で見る影をなくした俺の自信が少しは戻るとでも思ったのか。 「おはようございまーす!!」 幸也が来た道を戻ろうとしたその時、背後で大きな声がして幸也は思わず足を止めてしまった。 その男…正確にはその男たちは、幸也などまるで目に入っていないかのように勢いよくガラス戸を開けると、店内に入っていった。 「おはようモカちゃん!今日は仲間連れてきた!モカちゃんのこと話したらぜひ会いたいって言うからさー」 『モカちゃん』 その男が言ったその一言で、店内に入ることを足踏みをしていた幸也の疑問はズケズケと土足で解決することになった。 同時にそれは、幸也がこの店に入ることをやめようと決める決定打にもなった。 自分でここまで来たくせに、いざそこにモカがいると知ったらとても今の自分を見せる気にはならない。 しかしそんな幸也の決意も、声の大きな男はズケズケと打ち砕いていく。 「あ、ごめんなさい!そっちのお客さんが先でしたよね!好きなお席先にどうぞ!」 顔を上げると、薄いブルーのジャケットにネッカチーフを差した気取った格好をした男と目が合った。隣には、その男が連れてきたという小太りの男がこちらを見ている。 気取った男の奥、木製のカウンターの中にいた女性店員と幸也の目が自然と合う。 「いらっしゃいませ」 ニッコリと笑ったその笑顔に、帰ることのできなくなった幸也は渋々店内に足を踏み入れた。
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