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7
翌日、俺は絶賛プチパニック中である。
何でかって? 乙女さんの孫である太陽と会社で遭遇したからだ。スーツ姿と首に下げられたIDカードは俺と同種の物で、部署は隣り。なんと同僚だったのだ。
俺は驚きのあまり手に持っていた資料を盛大に落としてしまい、今太陽が拾ってくれているところだ。
「――あっと……っ」
続く言葉がなくて太陽の動きを目で追う事しかできなかった。
太陽は俺がぶちまけてしまった資料を全てひとりで拾い、俺に手渡してくれた。
俺の動揺の理由が分かっているのか太陽は苦笑して言った。
「――もう3年は一緒に働いてるんですけどね……。いくら隣りの部署でも休憩室で一緒になる事もありましたし、廊下ですれ違った事もありました。顔くらいは覚えてくれてるかと思いましたが、やっぱり知らなかったんですね」
俺は我に返りある事に気づいて、太陽の手を掴むと物陰へと引っ張っていく。
キョロキョロと辺りを見回し人がいない事を確認し、声を潜めて言った。
「――大丈夫か?」
「?」
キョトンとする太陽にあーもう! とグイっと引き寄せて耳元でゆっくりと言った。
「うちは副業認められてないぞ?」
太陽は俺の言葉の意味をきちんと理解したのかしていないのか、顔を真っ赤にさせてにやつく口元を隠しているようだった。
そんな太陽の態度に腹がたって、それでも周りにバレてしまわないように小声で叫んだ。
「見つかったら最悪クビだってあり得るんだぞ??」
「あー大丈夫ですよ。あの店は祖母の店ですし、オレは祖母が入院してる間だけの手伝いですから。それに上にはちゃんと報告しています」
「――そう……なのか?」
ほぅ……と太陽の言葉に安心して全身から力が抜けた。
「それに、もしクビになるような事になっても大丈夫です。オレはばあちゃんと一緒にあの店やっていきます」
「――そう……か」
太陽の言葉に一瞬だけ眉を顰めた。
俺が口出す事じゃない事は分かっていたが、最近の『乙女さん家』に少しだけ不安があった。
味にそんなに違いがあるようには思えないが、太陽に代わって明らかにお客が減っているのだ。その事は太陽自身がよく分かっているだろうに、たとえ乙女さんが戻っても生活を維持できるほど稼げるのか――? 趣味でやっている店のような印象を受けていたのだが――。
他人事だと分かってはいるが、やっぱり気になって仕方がなかった。
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