9 ①

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9 ①

 受け取りに来たお客におにぎりを渡し、笑顔で帰っていくのを見送りながら頑張って良かったと思った。  ふたりして奥に置いてある椅子にどかりと座って息を吐く。  疲労感さえも心地よいと思えるのはこいつと一緒だからなのか、単にやりとげたという達成感からなのか。 「お疲れー」 「お疲れ様でしたっ」  お互いをねぎらうように拳を作り相手に向けて突き出す。 「やっぱ先輩ってすごいや。何でオレあんな勘違いしてたんだろう……。本当にすみませんでした」  そう言って太陽はペコリと頭を下げた。 「――先輩? あぁ会社ではそうか。でもそういうのどうでもよくないか? 名前で呼べよ。俺お前とは普通に仲良くしたいっていうかさ。――てか、誤解って?」 「――会社のではなくて、オレたち中学の先輩後輩なんです。オレ、ばあちゃんが作ってくれた弁当を『大人っぽい弁当』だって言われて、急に自分の茶色い弁当が恥ずかしくなって、嫌いになりました。だからいつも食べずに捨てていて――」  そう言って太陽は目を伏せた。 「あ! あの時の?」  今にも泣きだしそうな顔で弁当の中身を捨てていた身体の大きな、だけどあどけない顔をした少年の事を思い出す。  俺にはあの時、こいつが『止めるきっかけ』を探しているように見えた。だから柄にもなく怒ったんだ。普段の俺だったら食べ物を大事にしないこいつの事を悪く思っても、決して口に出したりはしなかっただろう。何を言っても何をしても誰の心にも届かないと思っていたから――。  ああそうか。乙女さんの瞳にこいつが似ているんじゃなくて……、乙女さんがこいつの瞳に似ていたんだ――。  色んな事がすとんと腑に落ちる気がした。 「そうです。先輩に注意されて、オレ自分の過ちに気づかされました。それからばあちゃんに謝って、ばあちゃんと一緒に料理したりしてたんです。会社に入って先輩の姿を見つけた時は嬉しくて、すぐに声をかけたかった。でもあの時の事が心にひっかかっていて、あんな事をしたオレが声をかけてしまってもいいのか……、怖くてできませんでした。だけど……こないだ先輩が話してるのを聞いたんです。『食べられない分は分からないように捨てればいい』って」 「それは……」 「――分かってます。オレの誤解でした。先輩がそんな事するはずないのに、誤解して……勝手に先輩が変わってしまったんだってショックを受けて――でも先輩は変わってなんかなかった。ばあちゃんの病室で、先輩が忘れたおにぎりが無駄にならなかったか心配してオレに謝ってくれた。それなのに、態度悪かったですよね。本当にすみませんでした」  それで急に態度が変わったのか――。 「いや……あの時俺もあいつに何も言えなかったんだ。誤解されても仕方がないっていうか……だから謝らないでくれ」  「それでもすみませんでした」ともう一度頭を下げ、真剣な顔で俺を見つめた。 「オレまだまだ未熟で全然ダメダメだけど、先輩が許してくれるならオレの気持ちを言いたいんです……。だからちゃんと謝って許してもらいたい……」  肩を落とし大きな身体を小さくして見上げる姿にキュンとなった。  やっぱりこれはそういう事なのだろう。初めての事で戸惑って、勘違いかも? って思ったけど、俺も自分の気持ちにきちんと向き合わなくちゃ。 「許すもなにも、前の事だって乙女さんが許してるんだから俺がどうこう言う事じゃないし、ってこんな言い方じゃ突き放したみたいだけどそうじゃなくてさ、誤解についてもお前だけが悪いとは思えないからとりあえず、お前の気持ちを言う事を『許す』よ」  俺の何様だよというような上から目線の言葉にもぱぁっと表情を明るくさせて、――本当に可愛い。 「――オレは先輩の事が好きです。この気持ちはずっと憧れだと思ってましたが、先輩が変わってしまったってあんなに怒ったのも、ばあちゃんと仲良くしてる先輩見ると何だか胸が痛いしモヤモヤとしたのも先輩の事が好きだったから。我儘だけど先輩にはオレだけを見て欲しいって思っちゃうんです」  俺を見つめる吸い込まれそうなくらい澄んだ瞳。澄んでいるのに瞳に籠る熱でゆらゆらと揺らめいて見える。  ――――俺は……。
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