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②
俺の心にそっと問う。さっき自覚したばかりの俺の気持ち。
誤解が解けて、俺自身に優しい瞳を向けてくれる太陽に胸がささめいたのは気のせいなんかじゃなかった。一生懸命な告白にドキドキと心臓が煩くて、どうしようもなくこいつの事を可愛いいと思うのも。
俺の中に生まれた初めての『特別な想い』。
太陽は俺の反応を窺うように不安気に瞳を揺らしていた。今すぐ抱きしめてやりたかった。だけど気持ちを言葉にする事が無駄じゃないって知ったから。太陽なら俺の言葉をちゃんと聞いてくれるって分かったから。だから伝えなくては。
だけど――今まで沢山の言葉を飲み込んできて、素直に気持ちを言葉にする事がこんなにも難しく感じる。それでも、どんなに下手でもちゃんと言葉にしておきたい。
「そうなぁ……。お前みたいにでっかい図体して、まだまだ子どもみたいに拗ねたり怒ったり。自分のおばあさんにまで焼きもち妬いたりしてさ。やっぱお前はまだ半人前って事だよな」
俺の言葉にしゅんと項垂れる太陽。その姿は叱られた大型犬のようで、たまらない気持ちになる。愛しくて可愛い俺の特別――。
「でもさ、俺も半人前なんだよ。小さい頃から小食で、これって父親から受け継いだ唯一のもので、小食のせいで身体はガリガリだし肌だって色白なだけなのに青白く見られるんだ。傍からどう見えようと俺は健康なのに。それなのに昔母さんが俺のせいで色々言われちゃってさ、俺がどんなに違うって言っても、言えば言う程どんどん母さんの立場が悪くなるだけで、誰も俺の言う事なんて信じてくれなかった。だからみんながくれる手作り弁当を黙って受け取る事しかできなかったんだ。そして本当に体調を崩した――。きちんと断れていたらって思うよ。俺はもう小さな子どもじゃないんだし、俺の言葉に耳を傾けてくれる人だっていたはずなのに、乙女さんやお前みたいにな。だけど俺は何も言わず俺さえ我慢すればいいって思ってた。どうせ信じてくれないし、とも。そんなの本当に心配してくれた人にも失礼だし、やっぱ違うよな。そう思えたのもお前のおかげで、――さっきふたりでおにぎり握っただろう? あれも俺たちだったからできたんじゃないかなって思うんだ。おにぎりっておむすびとも言うじゃん? 半人前の俺とお前を結んでくれた……って事なのかねぇ?」
俺の少々分かりにくい長台詞を真剣な顔で聞いていた太陽の、想像上のワンコの耳がぴんっと立ったのが分かった。
「え? え? それって……?」
「俺はお前が差し出した手に自分の手を重ねてやる。つまりはそういう事だな」
にやりと笑ってやると、太陽は大型犬よろしく勢いよく抱き着いてきた。
勢いのよさに少しだけよろめくが、しっかりと抱き留めてやる。
そしてあと少しだけ勇気を出して、俺が本当に言いたかった言葉を贈る。
「太陽、好きだよ」
太陽の耳元で囁くように言った俺の言葉に大きな身体を一瞬だけびくりとさせ、太陽はすぐにわんわん声を上げて泣きだした。俺の気持ちは確かに太陽に伝わったのだ。
俺は約束通り愛しいワンコの頭を、幸せな気持ちでぽんぽんと優しく撫で続けた。
俺と太陽との恋はおにぎりのようでありたいと思う。おにぎりを握るようにふたりで握り、結んでいく。
お互いの不足したところを補い合って、丁寧にていねいに愛情を込めて結べばきっとそれはとても美味しい『おにぎり』になる。
余談:復帰した乙女さんは「まだまだ若い者には負けないわー」と言って、入院中仲良くなったおばあさんたちと一緒に『乙女さん家』を頑張っている。なんていうか――『乙女の花園』みたいで華やいでいて人気も上々だ。あの時受けたおにぎり100個も定期的に注文が入り、他にも大口の注文が入るようになった。乙女さんたちに無理はして欲しくないので、大口の注文を受けた時は俺と太陽も会社に行く前に手伝ったりしている。もちろんふたりで握るふたり握りでだ。最初にそれを見せた時の乙女さんたちの驚いた顔と、その後の優し気な微笑みに幸せで胸がいっぱいになる。心がぽかぽかと温かくなって、太陽の顔はドヤ顔で、気づけば俺はおかしそうに笑ってた。
太陽はというと俺があんまり「乙女さん」「乙女さん」っていうものだから要らぬ心配をしているようだ。乙女さんの事は本当のおばあさんみたいに思っていて『家族愛』なのに、張り合って毎日の昼めし用の俺のおにぎりだけは太陽が握ってくれている。どんなに忙しくても絶対に、だ。
俺が手作り弁当よけについた『嘘』は『本当』になったわけだ。
今日も太陽が握ってくれたおにぎりをパクつくが、何かをしながらじゃない。だって恋は片手間でできるものじゃないから。
隣りでは太陽が乙女さん作の弁当をモリモリと食べていて、いつかは俺も太陽の為に弁当を作ってあげたい。そんな事を想像してニヨニヨとしてしまい、気づかれてしまわないように「んまいっ」って大袈裟なくらい大声で言って笑って、太陽も「やった」って両手を挙げて笑うんだ。
それと――、本当に恋人ができて変わった事がある。それは、もう誰も俺の事を不憫そうにも心配そうにも見なくなった事だ。
太陽の告白を受けて俺が言った言葉に嘘はないけど、ああは言ったものの過去の経験からみんなの『気持ち』を信じる事ができなかったのも本当で、我慢は止めても俺が何かを言ったところで何も変わらないって思っていた。だけど、何かを言う前に変わったんだ。結局は俺は健康だと言いながらどこか無理をしていて、それをみんなが心配してくれていたという事なのかもしれない。
母さんの「大事に」「感謝を」の言葉を思い出す。あの言葉はそう思う事で俺の『心』を穏やかに保てるし、穏やかであれば誰も心配にも不憫にも思わないという事だったのかも。その事に気づくのが大分遅くなってしまったけど、自分で気づかなければ意味のない事だし、今気づけた事を嬉しいと思った。太陽と俺を結んだ『恋』が今度は俺の世界を結び広げていく――。
やっと俺は、嘘偽りなく心からみんなに感謝しようと思えた。
-結ぶ-
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