4 @〇〇Side

1/1
前へ
/13ページ
次へ

4 @〇〇Side

 オレの両親はいつも仕事に追われていて、ばあちゃんに育てられたと言っても過言ではなかった。当然だけどオレの小さい頃からばぁちゃんはばぁちゃんで、ばぁちゃんが作るごはんは殆どが『茶色』だった。茶色いごはんというのは大人になれば好まれる事も多いが、小さな子どもにはひどくみすぼらしい物として映るようで、オレは度々意味の分からない視線を向けられる事になった。不思議に思いながらもどうせ大した事ないんだろ、と気にも留めていなかったのに――。忘れもしないあの日、クラスの女子に 「八坂くんって何だか大人っぽい……お弁当なのね」  って眉をハの字にして言われたんだ。そのひと言でオレは全てを理解した。大人っぽいというのは『地味』だとか『ダサい』という意味で、決して誉め言葉ではなかった。オレはずっと憐れまれてきたのだと。両親から充分な愛情ももらえず、みんなのようにキラキラとしたお弁当も作ってもらえない。そんな可哀そうな子ども――。それがオレに向けられていた視線の意味だったんだと。  周りのみんなの弁当箱には男も女も色とりどりのおかずが入っていて、どれも華やかで子どもらしさがあった。中にはどこかで見たようなキャラクターを模されたおにぎりや、可愛く型で抜かれた野菜まである。  だけどオレのは茶色い()()のダサい物。  人は周囲との違いを嫌う生き物だ。特に自制の効かない子どもともなるとそれは顕著で、たかだか弁当の色が違うというだけでオレは哀れみの対象にされてしまったんだ。  それが分かった瞬間、オレはばあちゃんが作った弁当がひどくダサくみすぼらしい物に思えた。それでもオレはばぁちゃんに何も言えず、ばあちゃんがオレの為に作ってくれた弁当を食べたフリで捨ててしまっていた。何年も何年も――。  中学の頃になると『こんな弁当しか作らないばぁちゃんが悪い』とまで思うようになっていて、弁当を捨てるのにも罪悪感を抱かなくなってきていた。そんな時、知らない先輩に弁当を捨てているところを見られてしまった。流石に食べ物を捨てるのは体裁が悪いとこっそり捨てていたのに、見つかって内心舌打ちをした。  オレを睨みつけるようにして立つ先輩の姿は、ひょろりとしていて顔色も青白く、吹けば飛ぶような印象の人だった。なぁんだこの人もこちら側の人じゃないか。――可哀そうな人。  そう思ったのに、 「食べ物を粗末にしてはダメだ。何が気に入らない? 手作りだろう? それを捨てるって事は作ってくれた人の『気持ち』も捨てるって事だぞ」  見た目とは違い、そう言った声ははっきりとしていて、力強さを感じた。  先輩をもう一度見ると、今度はしっかりと地に足を付けて立っているように見えた。図体ばかりでかくてもオレの方がよっぽどフラフラとしていて頼りなく思えた。 ――――可哀そうだなんて……あり得ない。  もう一度先輩の言葉を噛みしめてみる。オレの為に早起きして毎朝作ってくれたばあちゃん。冬の日の朝なんて水も冷たくて、それでも文句を言っているのを聞いた事なんてなかった。偏食がちなオレの為に色々と工夫してくれていたと知っていたのに――。キャラクターが何だ、キラキラがなんだ、オレの弁当にはばぁちゃんの愛情がたっぷりと入ってるんだ。  みんなの弁当を否定するつもりはないけど、オレの弁当だって否定される謂れはなかったのに――。  オレはなんて事をしていたんだ――――。  後悔の念が押し寄せる。  自分の間違いを気づかせてくれた先輩にお礼を言おうと、顔を上げた時にはすでに先輩の姿はなく、オレはどこへ向けるでもなく深くふかく頭を下げた。 *****  家に帰るとすぐにオレはばあちゃんに土下座して謝った。ばあちゃんは「食べ物を粗末にするのはいけない事」と一瞬だけ怖い顔になって、すぐに笑って許してくれた。オレがどうしてそうしていたのか、理由は言っていないのにある程度想像がついたのだろう、ばぁちゃんは泣き続けるオレをずっと抱きしめてくれた。  それからは作ってもらうばかりじゃなく手伝うようになった。ばあちゃんとふたり並んで台所に立ち、料理を作った。一緒に料理をしていて分かった事がある。ばぁちゃんが本当に料理が好きで、誰かがばぁちゃんが作った料理を美味しいって食べてくれる事が嬉しいんだ。オレのくだらない見栄やプライドのせいで傷つけてしまった事を改めて申し訳なく思った。  そうして時は流れて、オレが会社勤めをするようになり3年。何かと忙しく、一緒に料理をする機会はめっきり減ってしまっていた。  あの時の先輩のひと言があったから、オレは今もばあちゃんもばあちゃんの想いも大事にしている。あの事がなくてもいつかは気づいたかもしれないけど、その時はもう遅かったかもしれない。だからあの先輩には感謝してもしきれないのだ。  それとは別にあの先輩の青白く見えた肌は本当は透き通るような白い肌で、もしも赤く染まったならどんなに――と、思春期のオレにあらぬ妄想まで掻き立てた。  あの先輩はオレの『恩人』であり、『初恋の人』なのだ。  ――それなのに……。  会社で見かけた先輩は、平気で食べ物を捨てる人間になっていた。  ぎゅっと眉間に皺が寄る。  オレはあの人が席を外している事を確かめ、今朝忘れていったおにぎりを自分のハンカチで包みあの人の机の上に置いた。  ハンカチで包んだのは、少しでも作ってくれた『人』を意識するようにと作った人の『気持ち』を思い出して欲しかったからだ。  その時のオレはあの人がなぜ席を外したまま戻らなかったのか知らずに、帰宅時にチラリと見た机の上にまだおにぎりがあるのを見つけ、残念な気持ちでいっぱいになった。このまま放置されていては捨てられてしまう可能性が高い。あの時そう話していたし。  そうなってしまうくらいなら、とポケットに入れた小銭入れからあの人が払ったおにぎり代を机の上に置き、代わりにおにぎりを回収した。  自分の恋心も一緒に――。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加