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 今日もいつものように乙女さんの病室に行くと、あの男がいた。そりゃあ乙女さんの事を『祖母』と言っていたからいたとしてもおかしくはないけど、どうも気まずい。  出直して来ようかと踵を返したところで乙女さんに見つかってしまった。 「あら、紅葉くん、今日も来てくれたのね」 「あ……はい。お加減どうですか?」 「すっかり元気よー。元々大したことなかったんだけどこの子が心配だって言うから」  と男に視線を向けるので、ペコリと頭を下げたが男の方はふいっとそっぽを向いてしまった。  まぁ……別にいいけどね。 「なぁに? 太陽(たいよう)ったら紅葉くんにご挨拶なさいな」  乙女さんに促され、しぶしぶといった様子で「――どうも」とだけ。  実はこの男がこんな態度をとるのは俺にだけなのだ。どうしてそんな事が分かるのかというと、他の人に対する接客態度はいたって丁寧で、懐っこい感じなのだ。さすが乙女さんの孫だと思えるのに、俺にだけは違う。勘違いかもと思ったが、どうやら本当に俺は嫌われてしまっているらしい。初対面からなので、嫌われる理由なんて分からない。別に無理に仲良くなろうとは思っていないが、理由も分からず嫌われるというのは少し嫌な気がした。  顔も見れたし帰ろうとしたところで乙女さんが検査に呼ばれて、戻るまで待っていてと言われてしまった。  他の同室のおばあさんたちもみんな出ていて、病室には俺と男のふたりっきりだった。  気まずくて窓の外を見ていると、男がぼそぼそとしゃべりかけてきた。 「――あの日お金払ったのに……おにぎり忘れたでしょう……?」 「――あの日……あ!」  あの日とは俺が倒れてしまった日の事だろう。乙女さんの事が心配で忘れてしまった。そうだ、俺も気になっていたんだ。  俺は急いで男に頭を下げて謝った。 「あの時はすみませんでした!」  まさか俺から謝られるとは思っていなかったのか、男は面食らった様子だ。 「せっかく作ってくれたのに忘れてしまって――。その……それであのおにぎりはどうしました? 食べてくれてたらいいんだけど――」 「え……?」 「――――本当にすみませんでした」  ゆっくりと頭をもう一度下げた。  男は黙って俺の事を見つめて何やら考えているようだったけど、少しだけ俺を見つめる瞳が優しくなっている気がした。 「――大丈夫、です。無駄にはしてませんよ。あなたも大変だったんでしょう? 倒れられたとか。もう大丈夫なんですか?」 「へ? あ、俺は乙女さんが元気だって分かったから大丈夫。てか、入院してるのに元気っていうのもおかしいか。本当のところ乙女さんは大丈夫なのか?」  突然の男の変わりように驚きすぎて砕けた口調になってしまったが、男も気にしていないようなのでそのままにした。  男、太陽は俺より年下みたいだし、いいよな。 「――まぁ祖母は大丈夫ですよ。ただ年齢が年齢だから心配で検査入院させてるだけです。ちょこっと数値が変なとこもあるんですが薬で改善されてきてますし、近々退院できると思います。祖母の事を心配して下さってありがとうございます」  太陽はにっこりと微笑むと丁寧に頭を下げた。  良かったよかったで終わるところだが、さっきから俺の心臓がおかしい。ドキドキと煩くて、もしかして心臓の病気でも? と疑いたくなるくらいだ。  そもそも太陽がいきなり態度を変えるから……。って、太陽が態度を変えたからって俺の心臓に何の関係が?  チラリと太陽を窺えば穏やかな瞳でこちらを見つめていて、ドキリと心臓が大きく跳ねた。  やっぱり原因は太陽にあると思うがその理由までは分からず、急いで目を逸らした。それでもまだどくどくと普段より数倍早い心臓の音に、ソワソワといつまでも落ち着かなかった。  
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