40.Return of Happiness

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◇刃炎衝突◇  弾け散る閃光。鳴り響く轟音。凍てつく冷気、灼熱する大気、甲高い金属音。聖母魔族を模した人形達との戦闘が続く中、雫は息を飲み、葛藤する。 「……連れ帰ったら、あいつはどうなります?」 「私が完全に実体化させましょう。その時点で生前の彼とほとんど同一の存在になります。後のことは貴女達が自分でどうにかしてください」 「……」  躊躇う。冷徹な響きを含んだスズランの声。おかげで冷静さを取り戻し疑問を抱くことができた。それは本当に雨道にとって幸せな選択かと。  戻っても十四年の時が過ぎている。彼はすでに死んでいて戸籍は無い。もちろん、その程度ならどうとでもできる。けれど彼が愛した笹子 麻由美はすでに別の男性と結婚しており、娘も新しい家庭で幸せに生きている。今さら彼が割り込む余地は無い。  彼女達を忘れ、前向きに生きろとでも励ますのか? 雨道にならそれはできるかもしれない。けれど楽な道のりではない。生前辛い想いをした彼に、さらなる苦痛を強いるのが本当に正しいことか?  雫は迷う。でも時雨は違った。 「それでいいです。生き返らせてあげてください。今度こそ、私が彼を守ります!」  スズランに縋りつき、必死に懇願する彼女の姿を見て雫の心はさらに揺れた。自分とて何度も思った。やり直したいと。あの頃に戻れたならと。  だから──雫が出した結論にスズランは目を伏せ、時雨は絶望する。 「雫さん……そんな……」 「立て、時雨。引き上げるぞ。夏ノ日夫妻は発見した。後は彼女達を無事に連れ戻すだけ。それだけが私達の今の役目だ」  スズランから引き離し、腕を掴んで強引に引っ張り上げる。無重力空間で立つも座るもないものだが、とにかく姿勢を正させたい。  雫は結論を出した。それをスズランに伝えた。時雨は不満があるらしい。だったらと襟を掴んで顔を引き寄せ睨みつける。 「異論があるなら私と戦え。そして貫き通せ! お前が本当に、それを雨道のためと思うならやってみせろ!」 「だって……だって、彼は私のせいで……!」 「そうだ、お前が持ち込んだ病気で死んだ! お前のせいだ! そして、お前をそこまで追い込んだ私達“鏡矢”のせいだ! 責任をお前一人で背負うつもりか? 思い上がるな、当主は私だ! その私が責任は一族全員にあると言っている! いいかげんに自分だけが悪いと思い込むのをやめろ!」  雨道を殺したのは“鏡矢”という一族そのもの。だからこの一件も自分達全員で責任を果たす。 「私達はあいつを殺した。それが真実だ。今さら雨道のコピーを連れ帰ったところで何も変わらない。あったことを無かったことにはできない。  だから私はあいつの最後の願いを尊重する。皆を幸せにしたいという願いが成就される時を待つ。この月から降り注ぐ光のせいで、もしも人類の存亡を脅かされるような深刻な事態が発生したとしても、その時には全力で止める。月の力を利用して何かを企む連中がいたら全て薙ぎ払う。それが私の決意だ。  お前はどうだ鏡矢(かがみや) 時雨(しぐれ)。お前には弟の最期の願いを踏み躙り、私を倒してまで、あのコピーを連れ帰る覚悟があるのか?」 「……覚悟……」  虚ろな表情で俯く時雨。そんなものあるわけがない。未だに彼の婚約者や娘にさえ死の真相を伝えられていないのだ。自身の罪と向き合うことを恐れ、逃げ続けている。それが自分の本当の姿。情けない卑怯者。  自覚している。だから胸に突き刺さった。雫のような決断は自分には下せない。  でも、それでも襟を掴んだ彼女の腕を掴む。額をぶつけて全力で押し返す。卑怯者の屑にだって譲れない一線はある。 「弟なんです! 雨道は、たった一人の弟なんです!」  正しいか間違ってるかなんて関係無い。弟を守りたくて救いたい。それがあの頃、自分の生きる意味だった。その全てだった。  今だって変わらない。時雨の瞳は橙色の光を帯びる。有色者の力を発揮してさらに強く雫の腕を締め付ける。 「ぐっ……!」  さしもの超人もその馬鹿力には顔をしかめた。このままでは骨をへし折られる。咄嗟に振り払う彼女。 「時雨……!」 「押し通ります。貴女が許してくれなくても、私は彼を連れ帰る!」  覚悟なんかじゃない。これは願い。浅ましい人間が感情に振り回されて出した結論。  だが、これが鏡矢 時雨だ。鏡矢 時雨とはそれなのだ。雫と自分は違う。  鏡矢家の現当主と、それになることを望まれた者。  二人の女が真っ向から睨み合う。 「来い」  スズラン達のホウキのように忽然と一振りの刀が現れ、時雨の手中に収まった。金色の装飾が施された緋色の鞘。刀身は軽く反り返っていて炎の如く見える刃紋を浮かべている。その姿にスズランの目が見開かれた。 「玲瓏(れいろう)……この世界にあったの……」  それは、かつてマリア・ウィンゲイトが鍛え上げた霊刀。ツングヴァインと同じでゲルニカという完成品を生み出すまでに数多造られた“神殺しの剣”の試作品の一つ。数奇な経緯で零示の愛刀になったことは覚えている。けれど以後の代で彼の子孫達は方々の世界へ散った。だから、こんなところで再会するとは夢にも思っていなかった。  あれは聖母魔族の世界と同じ仕組みを取り入れた武器。本来なら歴史の分岐に伴い複数に分かれるはずの存在を“一つ”に留め、その分だけ強度を高めてある。そしてディルのツングヴァインと同じく、神を斬って“神殺し”の概念を宿した刃。有色者の力に加えてあの武器まで使いこなせるなら時雨にも勝機は十分。 「受けて立つ」  一方、雫はスーツの中から特殊警棒を取り出して伸ばした。なんの変哲も無い市販品のようだ。しかし、それを媒介にして灰色の炎が刃状となり剣を形作る。 「滅火(ほろび)……」  雨音や零央と同じ。あれを扱えるようになった者こそ真の鏡矢。その時点で身体能力も大幅に向上し、成長限界が無くなる。鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほど強くなり続け、生きている限り深化も止まらない。そういう加護を七柱が与えた。 「言っておくが、私はお前を殺すことも覚悟の上だ」 「こちらもです。何をしてでも必ず雨道くんを連れ帰ってみせる。私が勝っても彼を実体化させてくれますよね? スズラン様」 「ええ、誓います」 「私に勝てるつもりか?」 「やってみなければわからない」  二人の魔力が、そして気迫が膨れ上がる。一瞬、それに圧倒されて戦場にいる者達全員の動きが止まった。  事態に気付くアサガオ達。 「えっ、ちょっ……なんで雫さんと時雨さんが?」 「いつの間にそんなことになってんの?」 「どういうこと、スズねえ!?」 「これは危ないかも」  要が雫と時雨以外の全員を空間転移で一ヵ所に集めた。均衡神のユウも自身の力で結界を形成し、彼女達とこの空間そのものを守る。 「来るわよ!」  身構えるミナ。彼女達六柱の影は知っている。オリジナルの記憶が覚えている。鏡矢の血の力を。 「おおッ!」 「せいっ!」  ついに両者がぶつかり合った。互いの振り下ろした刃と刃が激突し、火花でなく衝撃波を発生させる。そこから鍔迫り合いに移行。滅火の消滅させようとする力と玲瓏の存在を維持する力とがせめぎ合ったことで空間に無数の亀裂が走り、四方八方へ広がって行く。 「なっ、なっ、なにあれっ!?」 「カガミヤ同士が戦うと、ああなるの!?」  雨道が生み出した人形など余波だけで蹴散らされていく。想像以上に凄まじい。流石に寒気を覚えるスズラン。なにせマリアが生きていた時代には“鏡矢”は一人だけ。これは彼女も初めて見る光景。 「スズ……これって」 「モモハル、まだそれは言わないで」  彼は結末を予知してしまったようだ。けれど確定した未来ではない。どちらが勝っても構わない。必ず後悔は残る。それでも当事者間で答えを出すことが大事。  いや、答えなどさほど重要ではない。本当に大切なのは── 「頑張って……時雨さん」  再び彼女と自分を重ね、スズランは戦いの行く末を見守った。
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