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00.Long long ago
◇あなたに贈る物語◇
数多の世界を滅ぼした“崩壊の呪い”は浄化され、犠牲となった者達は女神マリアの力で復活。それぞれの世界に平穏が戻り、スズラン達の界球器では全並行世界が同一宇宙に統合。かつて界壁で隔てられていた者達は同じ夜空に輝く星々となった。
天に瞬く輝きは全てが人の息づく世界。人々はマリアから教えられたその事実を忘れぬよう今日も星空を見上げ遠き同胞を想う。あの戦いで共に戦ってくれた仲間達を。
ココノ村でも一組の姉と弟が数え切れない星を眺めていた。
「お姉ちゃん、お星さまにも人が住んでるってほんとう?」
「ええ、そうよ。お姉ちゃんに良く似た人やショウブみたいな子もいるわ」
──あれから五年。六歳になった弟を抱き上げ微笑み返すスズラン。彼女はもう一六歳。歳が大きく離れているため時々親子に間違われる。老けて見えるのかと思うと腹立たしい話だが、母のようだと思われてるなら嬉しくもあり複雑な気分。
まあ実際、母親ではあるのだ自分は。
あらゆる全てのもの達の。
家業の雑貨屋。その店先に立つ二人。薄桃色の長い髪が夜風を受けてそよぐ。最愛の弟を見つめる瞳は海のように深い青。肌は白く、その美貌を人々は世界一だと褒めそやす。
しかし、実はそれはかつてマリア・ウィンゲイトの夫だった夏流 賢介という男の意識が影響を与えているせいだと、彼女の生まれ変わりたるスズランは知っていた。彼はまだ妻を愛し続けている。だから彼の脳内に存在する世界の全てもまた、マリアと同じ容姿の自分を美しく感じてしまう。ただそれだけの話なのだ。
スズランにしてみれば弟の方がよほど愛らしい。髪と瞳の色は母と同じ栗色。柔らかい髪質や穏やかな目元は父に似ている。ほっぺはまだぷくぷくしており薔薇色で、見る度に思わず頬ずりしたくなってしまう。
「ショウブ~」
「うにゅにゅ」
してしまった。この子が相手だと自制心が効かない。今のところショウブも嫌がってはいないのが幸いだ。もっと大きくなって反抗期が訪れる頃には、きっと我慢できるようになっている。そう思いたい。
ヒメツルとして生きた十七年を合わせると今の自分は三十三歳。とっくにこのくらいの息子がいたっておかしくない。だから余計に母性本能を刺激されるのかもしれない。
【ママ、ショウブばっかりじゃなく、私のことも構ってよ】
(もちろんよミナ。一緒にお星様を見ましょう)
【外に出てもいい?】
(いいわ、いらっしゃい)
【やった!】
スズランの返答を聞いたミナ──五年前まで“崩壊の呪い”や“六柱の影”と呼ばれていた極大記憶災害の核である少女は、スズランの左右の鎖骨の中間に埋まっている虹色の宝石から飛び出して来た。その容姿は銀髪以外、五年前のスズランと瓜二つ。
名前は夏流 ミナ。マリア・ウィンゲイトが人間だった頃、お腹を痛めて産んだ三人の子の一人。正確には、その記憶を再現した存在。
「あ、ミナお姉ちゃん」
「ふふん、ママの独り占めは駄目よ。ここからは私の時間」
「ぼくのお姉ちゃんだよ!」
「私のママよ!」
十二歳のミナと四歳のショウブは睨み合ってスズランの取り合いを始めた。
「はいはい、喧嘩しないの。どっちも私なんだから」
そう言ってショウブを左手だけで抱くと、もう一方の手をミナに向かって差し出す彼女。右腕にしがみつき、少女は嬉しそうに目を細める。
スズランはマリアではない。けれど生まれ変わりで前世の記憶も持っている。だから母と慕うのだ。
「ママ、ママ、ママ」
「まったく、いつまで経っても甘えん坊」
「だって、やっとママに再会できたんだもの。まだ、あれからたった五年よ。五年なんて私にとっては一瞬だわ」
「……そうね、長いこと寂しい思いをさせたものね」
ミナを見下ろしつつ沈痛な面持ちになるスズラン。彼女の中のマリアの意識が罪悪感を抱く。
途端、ミナが慌てた。
「もう、また! 気にしなくていいってば! 戻ってきてくれたからいいの! 暗い表情だと私だって楽しくないよ!」
「わかったわ」
その通りだと思ったので苦笑しつつ気を取り直す。自分としてもミナ達と家族に戻れたことは嬉しい。素直に喜んでこの子の想いに応えるとしよう。
すると、ショウブが首を傾げた。
「ミナお姉ちゃんは、モモハルお兄ちゃんのこども?」
「NO!?」
ショックのあまり娘に代わって美しい発音で否定してしまうスズラン。前世のマリアは英国出身なのだ。三歳から日本で育ったため中身はほとんど日本人だったが。
「どうしてそうなるの!?」
「だって、お姉ちゃんを『ママ』ってよぶから……」
「あ、ああ……なるほど……」
そうか、この子はあの戦いの時、まだ一歳だった。今もまだ六歳だし自分とミナの複雑な関係について理解し切れていなくても仕方ない。
説明する側としても、やはり複雑な話。さて、六歳の子にどう語って理解してもらえばいいものか。お隣の幼馴染モモハルとも、別にそういう関係ではないのだと教えなくてはならない。
しばし考え込んだ彼女は、やがて再び夜空を見上げ、語り出す。
「そうね、お話をしましょうか。ショウブが生まれる前、お姉ちゃんが“最悪の魔女”と呼ばれていた頃……いえ、もっとずっと昔、たくさんの世界が生まれる前から今日までの色んな出来事のお話を」
結局、順を追って話していくのが一番だろう。長い長いお話だから、全て語り終える頃にはショウブも理解できる年齢になっているかもしれない。
「始まりはね、とある家族が神様になったことだったの」
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