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勢い良くエミリーに被さるよう壁に大きな音を立てて顔の両脇に手が付かれた。
不意打ち、唐突に現れた人物。
「わっ、ルーカス様!?」
「ごめんアーロ! 彼女はダメ……」
熱気が伝わってくる。
胸を弾ませ息も荒く、女性が見逃さない美丈夫なのだ。こちらまで来るだけでも大変だっただろう。
もはや驚愕なのかトキメキなのかもわからない胸をバクバクとさせながら考えていた。
しかし次には、
(壁にドンって、凄くドンって!)
脳内で様々な花が咲き乱れるエミリーだった。
そんな本人をよそに、
「ルーカス……お前、面倒だったのでは?」
鋭い眼光でアーロが言う。
そうすれば途端にエミリーの脳内の花々もパッとモノクロに変わる。もう散ってさえいる。
しかしルーカスはいつもの笑みなどではなく、必死な表情で腕の間に囚われたままのエミリーを見つめた。
「最初は。けどエミリー嬢と居ると取り繕わなくて良いのかもって思えてきて。それからあのテラスでの言葉で思い知らされたよ。面倒なのは俺の方、最初から君は真剣に俺を知ろうとしていてくれたんだよね?」
「はい」
「見てくれや家格ばかりで判断されたくないくせに、俺は君を知ろうともしないで勝手に決めつけていたんだ……ごめん」
あまりに苦しそうな表情だった。
額に薄らと汗までかいて。
(きっと急いでこちらに来たのだわ)
エミリーはハンカチを取り出しそっとルーカスに当てた。
「大丈夫です、私も悪癖から貴方のことを知って自分を満たそうとしていました。私のことを何も知らないのに警戒されてしまうのは当然のこと。私もあのテラスで思い知らされました」
「エミリー嬢……」
アーロは大きな溜息を吐いた。
入り込む隙がないと思い知らされたからだ。
「ルーカス、大きな貸しだぞ」
「ああ。ありがとう」
「エミリー嬢、また時間のある時にでも流行りのお菓子の話をしよう」
「はい、ですが次はどのように女性をチェックしてらっしゃるのかお聞きしたいですわ。リサーチする時の参考までに」
にっこり笑いながらそんなことを告げるので、アーロは目を見開いた後に盛大な笑い声を上げた。
「ははは! ルーカス、お前も大変だな!」
「ねえ、エミリー嬢……もうリサーチしなくて良いから」
「ですが……」
自分を知って貰った後は、ルーカスのリサーチを再開したい。そんなエミリーを呆れた視線のまま壁から手を離す。
そして困ったよう微笑み手を差し出しながら。
「まずは、お互いを知るためにも……ダンスでも如何ですか、レディー?」
エミリーは感激と困惑から顔を真っ赤に染めた。
頑なに踊ろうとしなかったダンス。
ルーカスが踊っているところなど見たこともなかった。
その彼が自分を誘っているのだ。
あまりの嬉しさから震える指先をそこへ伸ばしながら。
「お手柔らかに……お願い致します」
二人は満面の笑みでホール中央へと歩んで行った。
終
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