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それからシエンナは、
「あんな男の何処が良かったの!」
「…………」
怒りに表情を染めたまま声を荒らげた。
しかしエミリーは無言のまま困ったように微笑んでいるだけ。
泣き喚き、怒鳴り散らしてくれた方がよっぽどそれらしい言葉を掛けて同調してあげられるのに……。
シエンナはそれ以上何も言わない代わりに、一言だけ言い聞かせた。
「もう、関わらないで。二度と貴女のことをあんな風に言われたくないわ……」
「うん」
「今日は帰りましょう?」
「そうね、でも大丈夫。一人で帰れるから」
じゃあね、と手を振って去っていく。
そんないつもと変わらない風に取り繕う親友の背中に、悲しくなってきてしまう。
さっきまで、あれほど嬉しそうにルーカスの話をしていたのに。シエンナは心配でまた、一人で抱え込まなくても打ち明けてくれたって良いじゃない、と眉を寄せて親友の名を呟いた。
「エミリー……」
そんなエミリーは真顔のままで馬車へ乗り、屋敷に着くとおもむろにベッドに向けて、倒れ込むようにして身体を沈めた。
「後々、面倒だったからね」
ルーカスの淡々とした声で告げられたその言葉が耳に残って消えてくれない。
(面倒だったのね……リサーチ不足だったわ)
途端、声を上げて涙を流した。
それでもルーカスとの出会い、優しい言葉、たくさんの質問への返答や、二人きりで話したテラスでの言葉。
自分の話をすることが得意ではなく、聞く方が楽。と言っていたルーカスの言葉だって本心だと。
諦めたくなくて涙が止まらないのだ。
「嫌よ、知らないわ、直接言われたわけじゃないものっ。絶対に諦めない!」
しかし少し疲れてしまった。
だから連日通っていた夜会をいくつかお休みし、大好きな恋愛物語の本を読み耽ることで元気をチャージすることにしたのだった。
そんなエミリーの居ない夜会では。
ルーカスに付きまとう常連の女性たちが口々に問う。
「ねえルーカス様、最近どうしてか静かになりましたわね?」
「ほんと、主人を見つけては喜んでまとわりついて、キャンキャンと喧しいワンちゃんはどうなさったのです?」
「アーロにあげたのでしょう? いつものことだわ。ルーカス様との距離を弁えないから」
女性たちは知っている。
ルーカス・ケリーに本気になってはいけないということを。
近くに寄ることは許してくれるくせに、好意を見せると逃げてしまう。
だからこそこの美丈夫との距離を遊ぶことが女性たちの夜会での楽しみ方なのだ。
それでも……。
「あのような雑草でも、見かけないと何だか物足りないわね」
「そうね、叩けば響くような反応が面白かったもの」
「ルーカス様、本当に宜しいのです?」
咎めるような目付きで問われると、いつもと変わらない、人の良さそうな笑みで首を傾げる。
「ん?」
はあ、と三人は溜息混じりに「大概ね」と見合わせた。
「あの子と話して居る時のルーカス様ってば、面倒そうな雰囲気を出しつつも笑ってらしたの、御自身でお気付き?」
「いつも笑みは絶やしていないつもりだけど」
「その紳士的な優しい笑みではなく。とおっても可愛らしいお顔ですのよ」
「はは、まさか」
「いつもならアーロに押し付けたペットに、再び手を差し伸べたりなさらないでしょう。私たちが気付かないとでも?」
ソファーに腰かけた女性たちの一人が、綺麗に足を組むと妖艶に微笑む。
「あんまり女を軽視しては、バチが当たりますわよ?」
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