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「肝に、銘じておくよ……」
本当に分かっているのかしら、と言いたげに女性たちはまた密かに視線を送り合った。
若干、呆れられている当の本人であるルーカスは。
顔色一つ変えずに考え事。
エミリーのことは確かに面倒だった。
何を探りたいのか分からない質問も回りくどくて不快で。反対に好きだとか、付き合ってくれだの言う直接的な言葉しか毎回言わないので、随分と子供っぽい子だと思っていた。
作り笑いを指摘され、「いつもそうして笑っていた方が」、「疲れないのですか?」そんな風にして勝手に入り込んできて。
振り回されているのは自分の方なのがまた不愉快で。
アーロに押し付けていれば、きっといつも通りに心移りするような安い気持ちなのだろう。
だが、彼女は頑なにルーカスだけに思いをぶつけてくるのだ。
それだから「自分のことを話すのは苦手」だとまずは〝独身男性の情報マニア〟だの様々な噂を取払った彼女のことを知ろうと思った矢先。
テラスにやって来て言ったあの言葉。
ルーカスは目が醒めるような気持ちになった。
家格や見てくれに拘り何も見ようとしていなかったのは自分の方だ、と。
また彼女の気持ちを決めつけていただけの自分を恥じた。
「次にあのお嬢ちゃまが夜会に参加したら、アーロは本気でダンスに誘うと言ってましたわよ?」
「まあ、アーロに譲ったつもりはない」
真顔になったルーカスがそんなことを口にするではないか。
女性たちは目を丸くした。
「あら……随分と男前なお顔。ダンスの練習としてまずは私と踊りませんこと?」
「やあね、抜け駆けしないで」
「私との方が分かりやすく教えて差し上げますわ」
「ありがとう。けど、ダンスは踊れないわけではないから」
ぶっきらぼうにお礼を言うので、女性たちはコロコロと揶揄うように笑った。
ルーカスは、周囲の目を攫うほどの手前である妹に比べられるのが嫌で踊らなかっただけなのだ。
その頃、自室の棚にビッシリと並べられた数々の本を眺めるエミリーは、深い溜息をついている。
「あなたたちも、これほど苦しい思いをしたの?」
困難な場面に立ち向かう物語の主人公たちに向けて呟いていた。
「私も物語の主人公だったら良かった。だって綺麗な結末を用意されているもの……」
今にも泣き出しそうな表情だ。
それを白けた目付きで、上から下までを身綺麗に整えた女性が背後から扇子を煽りながら声を掛ける。
「浸ってるんじゃないわよ」
エミリーは「んもぅ、台無し!」と振り返りながら続けた。
「何よシエンナ……本心なのよ?」
「たかが一人で傷心に嘆いていたら、やってらんないわよ?」
あっけらかんと言うので、エミリーが誰も恐れを感じないような睨みをきかせた。
「私は傷心しているわ、確かにね。だけど諦めたわけではないの」
「はあっ!?」
「まだ直接言われるまでは絶対にね」
思わず椅子から立ち上がったシエンナだったが、信じられないとでも言いたげに力無くまた座り直す。
そしてすぐに表情を切り替えると、
「エミリー、私言ったわよ。二度とあんな男とは口を聞くなって」
「知らない」
「貴女あの時、うん……。なんてしおらしく返事をしたじゃない!」
「知らない」
しれっと言い退けるので、シエンナはもう背を丸めて扇子で顔を覆ってしまった。
この馬鹿女……あれほど熱心にリサーチした結果があんなろくでなしな男だなんて。と思ったが、こうなってしまったエミリーを誰が止められるだろう。
それが出来ればとっくにリサーチの方を止めていたのだ。
溜息混じりに立ち上がると、
「じゃあ、今から行くわよエミリー」
「え?」
「夜会。まだ間に合うわよ? 毎回そうやって支度しては躊躇っていたんでしょう?」
エミリーは満面の笑みで頷いた。
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