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何がそんなに駄目なのか。
エミリーには分からなかった。両親はそこまで欲のある人間ではないし、弟が二人もいるので自分を政略的な意味で結婚させようという気概もなく。
最初はもちろんそういった意図を持っていたかもしれない。
様々な縁談を持って来ても、「理想ではないから嫌です」などと頑固に首を横に振り続ければ、もう嫁いでくれさえすれば良い、と呆れてしまったようだ。
せっかくなら素敵な出会い、幸せな恋愛をして結婚がしたい。貴族子女に有るまじき思想だとはエミリーも理解している。
ただ、これだけの男性がいるのだから少しくらいは夢を見たい。
何処にいるのか、ずっと探している。運命の殿方を。
きっと後もう数年後には、親友の言う「行き遅れ」という部類に入る。そのギリギリまでは両親も許してくれるだろう。
そんなことを考えながら皿を置いた。
(やっぱり、少しだけルーカス様を見てから帰ることにしよう!)
意気地無し、と言われたことに反発するようエミリーは遠くに見える人集りを目指しながら、波を縫うようにして息を潜めて歩んだ。
飲み物を取り、再び近くの壁際に立ちながら目をやると、そこはまるで物語に出てくる不埒なシーンと大差ないように感じて目を丸くする。
「ねえ、ルーカス様。この後は私とダンスを踊って下さる約束よねぇ?」
「違うでしょう、私とですわよね?」
「ううん違うわ。貴女たち割り込まないで」
豊満な胸を見せびらかすようなデザインのドレス、漂ってくるきつい香水、袖を引き誘うような目付きと媚びるような猫なで声。ベタベタと容赦なく男性に触れる何本もの白い手。
(ほら、そうそう、あれよ、高級娼婦よ……)
エミリーは顔を引き攣らせた。
しかし当の本人は、にこにこと人の良さそうな笑顔で、
「ダンス苦手なんだ」
と真正面から断っている。
それでも「可愛い」、「私が教えてあげるわ」などと、もうどちらのダンスに誘っているのだろうかと下世話な疑問が浮かんできてしまうほど。
(大人しく帰ろう……)
それが良い、とエミリーがそそくさとグラスを置いて振り向いた時。
「きゃっ!」
誰かとぶつかりその場に尻もちをつくように座り込んだ。
鼻の痛みに耐えながら、とりあえず謝罪をしなければと顔を上げ口を開こうとして。
言葉は相手に取り上げられた。
「ほほう、噂に名高い独身貴族マニアのエミリー嬢ではないか!」
「ちょっとやめなさいよ、飲み過ぎよ貴方」
一緒にいた女性が宥めようとするも、「うるさい!」などと腕を振りほどく。
「もう勝手にしたら、貴女も適当に逃げた方が良いわよ?」
ご愁傷さま、という目で髪を掻き上げるとそのまま去って行ってしまった。
それに気を悪くしたのか、せいせいしたのか。
鼻を鳴らしてエミリーに言う。
「それで俺の評価はどうだ、貴族新聞にも独身男性の特集の中に掲載されたほどだぞ?」
「あは、ははは……あの、追いかけた方がよろしいのでは?」
忖度の多い貴族新聞など、少し金銭を積めばすぐに掲載されることなど誰もが知っている公然の秘密である。
乾いた笑い声のまま、既に姿も見えない方向に指を差して促した。
「今まさに君のせいでパートナーが居なくなってしまったのではないか。何ならこれも縁だ、横に居ることを許してやってもいい」
下品な笑い方でそんな風に言うものだから、人々は「どうかしたの?」なんて少しずつ集まり始めてきたではないか。
人見知り気味のエミリーは口を結んだまま立てずにいた。
(お断りだわ。あなたの評価なんて、さっきシエンナに教えて貰ってから最悪中の最悪よ!)
しかし酔っ払い相手にそれを叫ぶ勇気もなく、ただ一言だけ「……結構です」と意気地のない返答をした。
これにはプライドが傷ついたのか、アルコールのせいでまともな思考能力が欠如しているのか。
「この俺に恥をかかせる気か?」
「いえ、その……もう帰ろうとしてましたから」
「ふん、変わり者だと誰にも相手にされんだろう。顔だけが取り柄の寂しい女に慈悲をかけ、一緒に居てやろうと言っているのだ」
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