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蔑んだ目で侮辱されてしまえば、エミリーだって自負しているものの傷ついてしまう。
(何が節度を守るジェントルマンよ、一夜の相手を漁る発情した野良犬のような節操無しのくせに……!)
掲載記事を思い出しながら、こんな時でもちょっぴり卑猥な恋愛物語の一文を抜粋して内心で反論をするエミリー。
その後に続く文は、その辺の柱にでも情けなく腰を振ってなさいな、である。
さすがにレディーが毒づくにははしたない。
黙っていることを良いことに、男性は続け様に言葉を吐き捨てる。
「慈悲をかけるような女でもなかったか、男を喜ばせることも出来ない何ともつまらなそうなダンスを踊りそうだ」
乱暴な笑い声で頭からつま先までを嫌な目付きで往復され、さすがに顔を伏せた。
そこへ、
「もういい加減にしたらどうかな?」
目の前に現れたのはルーカスだった。
「立てる?」
「はい……」
差し出された手をおずおずと取れば、優しく立ち上がらせてくれた。
ブルネットの髪を長めに伸ばし、片側だけ耳にかけて。形の良い二重の目には愛嬌と色気が混在し、薄い唇が上品に笑みを作っている。
(あのルーカス様が。女性物の香水が移って、臭味が酷いけど……とても近い、眩しい、美しい!)
エミリーは高鳴る胸を押さえて慌てて礼をした。
「あ、ありがとうございます」
「見ていられなかったからね」
それをバツの悪そうな表情を浮かべ、今にも舌を鳴らしそうな勢いのまま、絡んで来た男性が彼の名を低く唸るよう呟いた。
「……ルーカス・ケリー」
「少し夜風にでも当たったらどうだ」
「俺は前々から気に入らなかったんだ。品のない女をぞろぞろと侍らせてるくせに、そうして気取っているところがな!」
「話にならないな」
酔いを醒まして来いと言ったのだが、更にヒートアップしたよう声を荒らげ出す。
エミリーは不誠実だと思いながらも、対象が自分からルーカスに変わったことに安堵の息をついてしまう。大柄で乱暴な言葉、何より話の通じない人間の相手は恐怖でしかなかったからだ。
すると後ろから女性たちもぞろぞろとやって来て、「お嬢ちゃまは危ないから下がってなさいな」と肩をたたかれ背に隠された。
(良い人たち、だけどやっぱり臭味……っ!)
強気な視線を前に向けながらルーカスの腕に手を絡ませれば、口々に露骨な言葉を交わし出す。
「あら、あの方どうしたの?」
「ほら新聞の。掲載されたことが嬉しくて、一人で祝杯でもしてらしたのでしょう?」
「いやねぇ……ここを何処だと思っているの? 飲み方と口説き方を間違えては駄目じゃないの」
そうすれば周りからはせせら笑う声が聞こえ、男性は顔を真っ赤にしながら「話にならん!」と足早に去って行く。
「ふん、品がないのはご自分でしょうに」
「話にならない、も追加で」
「だったら自己紹介をなさりに来たのでなくて?」
新聞の売上が悪くて自ら宣伝しに来たのよ、空言を好き好きに女性たちがころころと笑う。
ルーカスは振り向いてこちらに近づくと再び声をかけてきた。
「酔いが醒めた頃にはさっきの顔を青くするさ。さてレディー、お怪我は?」
エミリーはもう色々といっぱいいっぱいで、とりあえずもう一度お礼をと勢い任せに口を開いた。
「ありがとうございます、大丈夫です、大好きです!」
これには辺りが静まり返り、女性たちも「ライバル?」とそれは恐ろしい目付きに変わる。
思わず口を滑らせてしまったエミリーだったが、あのルーカスが自分を助けてくれた、この物語のような出会いを逃してはならないと。
(ええい、ままよエミリー!)
頬を染め、決心した目で彼の手を握ったのだ。
「以前からずっと貴方を見ておりました、友人からでも構いません、どうかお付き合いして下さい!」
おお! と周りから声が上がるが、告げられた本人は涼しい顔を一切変えることなく短く返す。
「付き合うのは無理」
「ありがとうございます! 必ず貴方の心を射止めてみせましょう。今日はこれにて失礼致しますっ」
早口で捲し立て、それでは、なんて膝を折って足早に去って行く。
時折ぱっと振り向くと小さく手を振ってくるのでルーカスも苦笑のまま振り返してやる。
そうすればボールのようにぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうにしているではないか。
「あれ、またぶつかると思うな……」
その言葉の通り、エミリーはあれから三回ほどぶつかりながら家路についたのだった。
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