夢見るご令嬢は妥協しない

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まだ胸がドキドキと高鳴って、とても眠りにつけるような状態ではなかった。 「ルーカス様……素敵だったな。でも何だか底が見えないような、笑顔が全て同じというか……一人仮面舞踏会? ちょっとダメよエミリー不謹慎よ、仮面舞踏会だなんて淫行が蔓延しちゃうじゃないのぉっ!」 散々きゃあきゃあと騒いでから「なぁんてね」と、少し恥じらいながら次の夜会を楽しみに目を瞑った。 エミリーはちょっぴり想像力が豊かで夢見がちなレディーなのだ。 そんなある日、また夜会の案内状が届いた。 それはもう気合いを入れた面持ちで当然の如く参加をし、ルーカスを見つけると急いで駆け寄り声をかけた。 「ご機嫌よう、ルーカス様。好きですお付き合いして下さいませ!」 「絶対嫌だけど、えっと君は……」 「大変失礼致しました、ヒル伯爵家のエミリーと申します。先日はありがとうございました、また改めて交際を申し込むことに致しましょう」 (そういえば私ったら、名乗ることすら忘れてたんだわ。ああ、恥ずかしいったらもうっ!) 「エミリー嬢、俺は知っての通りケリー伯爵家のルーカス。交際の申し込みには興味ないけれど、あの夜は無事に帰れた?」 「はい、三回ほどぶつかったりなどして。ですが無事に帰ることが出来ましたっ」 馬鹿正直にそんな報告を返すエミリーに、ルーカスが「やっぱり」と笑った。 「わ、素敵! ずっとそうして笑っていらした方がよろしいように思いますわ」 それを聞くと忽ちいつものあの笑みに戻ってしまった。 それを残念そうに眉を下げるエミリーに一線引く。 「あまり思っていることを口にするのは良くないね。トラブルの元になりかねない」 「……肝に銘じておきます」 (何だか踏み込んではいけなかったみたい。笑顔を褒めると気を悪くされるだなんて、もう少しリサーチしてからにした方が良いわね) そうして肩を落としていると背後から話しかけられた。 振り向かなくても分かる。このきつい香水は、二人を邪魔するライバルたちなのだから。 エミリーは意地でも後ろを向きたくなかった。 「ああら、このような場所にまた雑草が。庭師(門番)は何をしているのかしら、田舎臭くなるじゃないの」 「ルーカス様、そのような小さな花を相手にしてもそれ以上大きくは育ちませんわよ?」 「ちょっと貴女、お嬢ちゃまにはまだ刺激が強すぎるわよ。ほら、あちらの壁際で甘い物でも召し上がってらっしゃいな」 頭をぽんぽんと撫でられた挙句、くるっと回れ右のように体の向きを変えられ、大きなヒップでドンと弾き出された。 完全に子供扱いである。 と小馬鹿にされた、寂しい胸元をチラっと見遣ってしゅんと悲しくなってしまう。 しかし負けて溜まるか、恋する淑女のパワーをご覧あれ! 不屈の闘志で腰に手を当て限界まで胸を張り、嫌味ったらしく、そのしなやかなラインの背中に言葉をぶつける。 伊達に恋愛関連の物語を読み漁っているわけではない。色々なタイプの修羅場シーンも把握済。培われたエミリーの語彙力をなめてはいけないのだ。 「単細胞の植物ってよく育つと言うもの、お手軽でいいわよねえ。ただどうも香りが強過ぎて……。ああやっぱり、何でも主張していないと気が済まないのかしら!」 これにはルーカスも顔を背けて僅かに震えている。どうやら笑いを堪えているようだ。 「何かしら……小やかましい羽虫がいるわ」 振り向き様、女性たちは眼光鋭く見下ろしている。しかしエミリーもルーカスの傍を譲る気はさらさらないので強気な態度だ。 「それなら大きな花って食虫植物? 庭師(門番)は何をしているのかしら?」 「あなたねぇ……っ!」 「何よ、先に仕掛けてきたのは貴女方でしょ」 「後から来たくせに」 「そんなこと関係ない」 バチバチと睨み合い、女性の方が思わず手が出そうになる頃、ルーカスが間に入った。 「そこまでにしようか」 「……ルーカス様、この子ひどぉい!」 (酷いのはどっちよ、三対一じゃない) ベタベタと縋ろうとすると、手を顔の前に掲げてそれを止める。そしてこちらを向いて微笑むと。 「今日は彼女の勝ち」 「え、ええっ、私?」 「うん、今日の時間は君にあげる。ダンスは苦手だけど話くらいは付き合うよ?」 その言葉にエミリーが満面の笑みで頷いた。 「はい、色々お聞きしたかったので嬉しいですっ」 「お手柔らかにね」 女性たちは面白くなさそうに去って行き、エミリーは彼の隣を勝ち取ったのだ。 ふかふかのソファーに促されると、照れくさそうに控えめに座った。 (緊張しちゃう、緊張しちゃう!) 「さて、何を知りたいのかな?」 「まずは貴方の理想の女性像からお聞きしたいと」 (ああやっと、出逢えたのだわ……) 夢のような素敵な時間の始まりに、目を蕩けさせながらも、得意のリサーチは饒舌だった。
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