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エミリーは気分がハイになって、次から次へと彼を知りたいという欲が口から溢れ出す。
しまいには、しょうもないこと、まで。
「好きな食べ物は?」
「何でも。特に嫌いな物がないから好きな物もないって感じかな」
「では、好きな本などありますか?」
「そうだな……妹が二人いるんだけれど、エマっていう一番下の妹が凄く本が好きで。彼女から借りた昔のコーヒーハウスを舞台にしたミステリーは面白かったね」
「私も必ず読みます。ちなみにその末妹様、ダンスがとてもお上手だと噂ですよね。御幾つでしたでしょう?」
「俺の六つ下、今年十六歳。社交界デビューの際に確かめてみると良いって、あのさ……これ本当に楽しいの?」
ええ、とっても。目を輝かせるエミリー。
ルーカスは笑顔のまま固まった。
それからは夜会で会うたびに「好きです!」、「お慕い申しております!」なんて挨拶のようにやって来てはバッサリ断り、また質問責めの日々。
あまりにも細かい内容なので〝一日五個まで〟との特別ルールまで設けられた。
取り巻いていた女性たちも次第に慣れて、今ではエミリーを構うためにルーカスにくっ付いているような状態だ。
そして今日も今日とてエミリーの、愛のリサーチ、とやらが炸裂している。
それを適当に答えるルーカスは、
(とんでもない子に好かれちゃったな……)
内心、面倒くさいとうんざりしていた。
ルーカスは有名な伯爵家の嫡男で、日々当主としての教育や勉学に明け暮れる毎日だった。
元々優秀な頭脳を持っていたが、少しの油断も許されないと表情の管理から必要以上の所作、言葉遣いと、様々な習い事にも力を入れられ、それらをそつ無くこなしてきたのだが……。
それでも苦痛になり虚しくなる時はある。
「何処かで息抜きは必要だな」
だからと言って派手に遊ぶこともなく。
どうせ何処に行っても自分の家格と見てくれにしか興味がないのなら、と早々に割り切り。
夜会に通っては、寄って来るお手軽な女性や男性たちのよく分からない会話を聞いて、「こいつら気楽でいいなあ」と肩の力を抜いた。
犬や猫を構う気持ちと同じである。
ルーカスはちょっぴりサイコパスな気質をお持ちのジェントルマンだった。
だからこそ、エミリーは面倒。リサーチとやらのせいで聞き手に回れない。それに自身の内面を深く知ろうとしてくることが堪らなく不快で、また違和感でしかなかったのだ。
「ようルーカス、美人記者からインタビュー中?」
「アーロ……」
唯一まともな友人が久々に参加してきて、助け舟を出すように話しかけてくれた。
これ幸いと。
「彼は俺の友人でアーロ。喋ることがとにかく大好きだから少し相手をして貰うといいよ」
「え、ルーカス様は……」
「風に当たってくる。すぐに戻るから」
何だかこのまま質問責めに合うと良くないと察知し自ら席を離れることにした。
この靄のかかる気持ちがやはり不快で仕方がないのだ。何せ周りに居ないタイプの女性だった。
そんなことも露知らず、置いてけぼりにされたエミリーはというと。
興味もないアーロから尽きることのない会話に参加させられていた。
「君って見た目も凄く可愛らしいな。俺、夜会に参加するご令嬢ってチェックしているはずなんだけど……」
「私いつも壁際に立たされていたものですから」
「ああ、なるほど。だったら俺とダンスでもどうかな?」
「結構です」
軽い口調と派手な見た目。
アーロも随分と男前だが、ルーカスのような静けさを含むミステリアスな美しさとは真逆の人物だった。
服の上からでも分かる筋肉質な体つき。明るく話題に尽きず、自信に満ち溢れたやや吊り上がった目、笑うと犬歯が少し目立つ人懐っこそうな。
大型犬のような男性だ。
(全く刺激がなさそう……そして女性のチェックをしている辺りが不誠実そう)
独身男性を熱心にリサーチしているエミリーだって周りからそう思われているに違いない。
「どうしても?」
「ええ、ダンス苦手なので」
「ルーカスみたいなことを言うなぁ」
途端にエミリーの顔が明るくなった。
アーロは若干呆れたように、褒めてないんだけどな、と言いたげに続ける。
「あんな奴の何処が好き?」
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