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「お噂通り、優秀で美丈夫で背も高くて。それに前の夜会では男性に絡まれていたところを助けていただきました」
「それだけ?」
「ええ、なので今度はもっとたくさんのことを出来るだけ深く知りたいんです、って……逃げられてしまいましたけれど」
しょんぼりするエミリーにアーロが大笑いをした。
何が面白いのかと無言で睨みつける。
「笑って悪かったよ、くくっ……ははは!」
「貴方もどうせ、変わり者だとか夢見がちだとか言いたいのでしょうね!」
「いや、君はルーカスの苦手なタイプだな。天敵にも成りうる」
「えっ……?」
真っ青な顔のエミリーに「素直」と面白そうに呟いて。
「まあまあ、悪い意味ではないんだ。ただアイツは自分のことになるとウサギのようになる。またシカにもなり、キツネにもなる」
「あの、それってどういう……」
意味を聞こうとすると、お馴染みの女性たちが立ちはだかり、エミリーの言葉は押しのけられた。
「あら、アーロじゃないの」
「やあ美しいレディーたち」
「やだ貴女……今度はアーロに乗り換えたの?」
「違いますっ!」
「はん、お似合いじゃないの。女性ばかりをチェックするアーロと、独身男性の情報マニアの貴女。背伸びしないで身丈に合ったお付き合いをしてなさいな」
勝ち誇る女性たちの笑い声に「ううっ……」と、唸ることしか出来ずにいた。
実際エミリーは意中の男性に逃げられた状態なのだから。
「え、ああ、君が?」
「アーロも気を付けた方が良いわよ。何でも長年評価した記録帳で屋敷の床が抜けたのだとか?」
「そんなもの無いですし、床も抜けてません!」
はいはい、と高笑いで去っていく女性たちを恨めしそうに見送るしか出来ないエミリーを、アーロが不思議そうに見つめている。
「噂には聞いていたが……」
「知らなかったのですか?」
「いつも遠くの壁際で、ほらあの辺にいたと言っていたな。あそこから動かなかっただろう?」
俺、視力が悪いんだ、と指を差されたところは、ずっと一人で立っていた場所。
確かに動いたことなどなかった。
リサーチばかりして、何ならいつか理想の相手が話しかけてくれることを夢見て。
随分と傲慢だったかもしれないとエミリーは呆然と頷く。
「話しかけて欲しくないのかと」
「そんなこと……っ、ありません……」
「でも君がこんなに面白い女性だと知っていたら、すぐに話しかけたな」
急に雰囲気を変えてこないで欲しい。
自分はルーカス様一筋なのだから……。
そう思いながらも何処か気分良くしている自分を戒めた。
(ダメよエミリー。貴女にはルーカス様という理想の男性がいるじゃない!)
「せっかくなんだ。次の夜会、俺にも時間を分けて欲しい」
「え、どうして……」
「俺は気が合うと思ったから。君は全く楽しめなかったかな」
「全くというわけでは。でも私は」
「ルーカスのことが好きなんだろう? 知っている。けれど友人としてなら?」
「そ、それなら」
「ありがとう、嬉しいな」
頷いたは良いが。男性慣れしていない知識だけは豊富なエミリーと、年上で場馴れしたアーロでは経験値が違う。
そんな風に言われてしまえば意識せずには居られないではないか。
(アーロ様って積極的。しかもここって時に大人の雰囲気を醸し出すの……反則じゃない?)
そうしてエミリーはアーロとの談笑を楽しんだ。
けれど胸が少し痛む理由は。
その日、ルーカスがあれから戻って来なかったからだった。
(帰っちゃったみたい。戻るって言っていたのに……)
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