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「…………」
「あ、いえ……そのっ」
僅かな威圧感を感じて口を噤んでしまう。
どうやらまた不快にさせたらしい。
「疲れるって、何が?」
エミリーは動揺して言い訳のような言葉を並べた。
「違うんです。その、そのように一線引いたような笑顔ですと……私も何と言いますか、少し傷つくなあと」
結局はみなまで言ってしまう形となり、「あっ!」と気がついた時にはもう遅かった。
「ねえ、少しテラスへ行こうか?」
「えっ……」
てっきりまた印象を悪くしてしまった、と構えたのだが。そんな思いがけない誘いに、きょとんとした表情を浮かべる。
「ね?」
急にルーカスの顔が近付き、手まで握って連れ出そうとするのでエミリーは頬を染めた。
今までにない展開である。
(やだ、大胆……誰もいないテラスで二人。夜風に当たりながら一体何を!)
あらぬ妄想が膨らんでしまう。
手を引かれたまま頭上には、いつかに読んだ登場人物たちのラブシーン。
何だか興奮して息も荒くなってしまう。
しかし着いた途端、簡単に手は捨てられ、ルーカスの表情がいつもとは違い……何だかとても居心地の悪い雰囲気を漂わせるので。
顔が強張り会話に困っていると、聞いたこともないような声が静かに響いた。
「あのさ、どういうつもり?」
「……はい?」
「別に目的があって近付いて来たんだろうけど……さすがに不躾では?」
別も何も。目的と言っても毎回伝えている。
〝好きだから付き合って欲しい〟
それだけなのだが。彼の言う目的とやらが、どうも卑しいことを指しているようで、エミリーは緩く首を振って否定をする。
「私はただ、私の前だけでも……」
気兼ねない会話が出来るように。
それからただ噂や評価以外で彼のことが知りたいだけ。
しかしそんなエミリーの気持ちは全く伝わっていなかった。
「子供のように無遠慮に探られれば、弱味でも握ろうとしているのかと警戒して、接し方もそれに合わせる形になるのは当然のことだろう?」
「あっ……」
何も言い返せない。冷水を頭から浴びせられたように、どんどんと身体が冷えていく感覚に陥った。
信用もないのに赴くままに気持ちを押し付けて、満たそうとして……。
すぐ胸に手を当て膝を折った。
「申し訳ございませんでした。しかしそのような邪な考えなど無いことだけは信じていただきたいのです」
それ以前の問題だった、とエミリーは陳謝する。
「あまり自分のことを話すのは、得意じゃない」
「え……」
しゅんと下を向いていた顔を上げると、ルーカスが面倒くさそうに息を吐く。
「だから、話を聞く方が楽だってこと」
エミリーはパァっと嬉しそうに頷いた。
初めて本心を伝えてくれたのだと思ったからだ。
「で、では。まずは私のことを知っていただくところから改めてお願い致します!」
「ん……まあ。あと挨拶と一緒に気持ちを告げてくるのもやめて。鬱陶しいし安っぽい」
「はい!」
「あと、もう少しここで落ち着いてから戻るから一人にして」
「はい! って、私はまだ一緒に……」
「何?」
じろり、と咎めるような視線に「何でもありません!」と答えると、
「それではルーカス様、夜風にあまり当られませんよう。体調を崩しかねませんので」
「はいはい」
エミリーは会釈しルンルンと出て行った。
一人、ルーカスは。
「……ポジティブなんだか、頭がアレなんだか」
彼女を相手にするとペースが乱される。
しかも何故自分は注文をつけてまで、まだ関わろうとしているのか……。
エミリーの見せる表情や言葉が、あまりにも自然で素直だったからなのだろう。
「変な子……」
ルーカスは思わず困ったように笑みを漏らす。
そこへ、アーロがやって来た。
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