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会場に戻ったエミリーが、まるでスキップをするような軽い足取りで上機嫌を顕にしていると、
「エミリー!」
自分を呼ぶ声がしたので振り向いた。
親友のシエンナである。
「あら、何だか久しぶりな気が……」
「最近ルーカス様にベッタリね」
「そうなの。優しいのだけれど、あのミステリアスな感じが堪らないわ!」
「色々と聞かせなさいよっ」
二人は壁際に捌けると、飲み物を片手に談笑に花を咲かせた。
するとシエンナが、
「やだエミリー、イヤリングが片方ないじゃない」
「え、あらほんと。どうしよう」
グラスを置いて耳を擦るエミリーが困ったように呟いた。
「何処かに落としたのね。心あたりは?」
「んー……」
(ルーカス様に手を引かれて、足早にテラスへ出た時に落ちたのかも。ということは、理由を付けてまた二人きりになれるチャンス!)
「テラスを見てくるわ!」
「私も一緒に行ってあげる」
「だったらシエンナはテラスに出る前までよ? ルーカス様がまだいらっしゃるはずなのっ」
「あー……なるほどね」
シエンナは、以前とは全く違う積極的な親友の姿に呆れた声を出した。
「でも。あまりしつこくすると、相手は逃げたくなってしまうものよ?」
「大丈夫よシエンナ、逃げる前に言われたの。鬱陶しいし安っぽいからあまり好きだの何だの言うなってね」
夢見るどころか、お花畑じゃないの。
頭痛を押さえるよう額に手を当てながら、
「大丈夫なの? それ……」
心配しながら後を追った。
テラスへ繋がる扉の前に着くと、何やら影が二人分。エミリーが立ち止まる。
「どうしようシエンナ、ルーカス様ってば誰かと一緒にいる!」
小声で狼狽える親友の代わりに、静かにゆっくりと扉を少し開けて確かめて見た。
「あら、アーロ様よ」
「もしかして、私とルーカス様の仲を取り持とうと……」
「貴女そんなにおめでたい頭だった?」
心底、げんなりした声のシエンナに、人差し指を当てて「しっ、ほら私の名前が出た」とエミリーが興奮気味に耳を傾ける。
はしたないと思いながらも、付いてきてしまった手前、彼女に付き合うことにした。
すると男性二人の会話が聞こえてくる。
「なあルーカス、その気がないなら彼女にそんな期待を持たせるようなことを言うことないだろう?」
「何、お前……エミリー嬢に惚れたの?」
「茶化すなよ、手放したり近くに置こうとしたり。あの子は純粋にお前と向き合っている。振り回して遊んでいいようなタイプではない」
アーロがいつになく真剣な声でそう言えば、ルーカスは皮肉を含んだ表情で笑った。
「お前に関係ないだろ?」
「関係ない? 俺に女性を紹介する時は決まって、代わりに惚れさせて適当にあしらっておけ。とペットを捨てるみたく言うお前が言えた言葉か!?」
「後々、面倒だったからね。確かに世話にはなっているよな」
はっきりとした声。シエンナがゆっくりと真顔のまま横を向いた。
エミリーは表情を変えずに真っ直ぐと見つめているだけ。
きっと傷ついているに違いない。
カッ、と頭にきて、手に掛けたままの扉をそのまま勢い良く押した。
「貴方ねえ!」
「ちょっとシエンナ……」
アーロとルーカスは合わせたように目を見開いている。
そこにシエンナが、ヒールの音を大きく鳴らして近付くと、ルーカス目掛けて持っていたグラスの中身を浴びせた。
「ふざけないで! 二度と私の親友と口を聞くんでないわよ!」
行くわよエミリー、と連れて行こうと手を取ると、
「大丈夫、ありがとうシエンナ」
髪を濡らしたルーカスが呆然と、「エミリー嬢……」なんて名を呼ぶと、親友の手を優しく解いて。
その場で胸に手を当て丁寧に膝を折った。
「不愉快にさせていたのなら申し訳御座いません。しかし私は貴方のことが好きだからこそ、その本心を人となりを知りたいと思っただけなのです。そしてそれもまた、貴方の本心なのでしょう……ありがとうございます、それでは」
笑みを作ると足早に立ち去って行った。
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