夢見るご令嬢は妥協しない

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夢見るご令嬢は妥協しない

「今、何方にいらっしゃいますか? 私の……」 クリスマスを迎える頃、最大イベントである豪華絢爛な宮廷舞踏会が今年も開催された。 人々はこの日のために着飾ると、素晴らしい音楽に合わせて優雅にダンスを踊り、華やかな会話と料理、質の良いアルコール、全てが上流階級層である貴族のためだけのパーティー。 淑やかに慎ましく? そんなものは最初だけ。アルコールが入り、夜会に慣れてしまえばなんて事はない。 皆、堅苦しい現実を忘れるように軽口で楽しんでいる。 その中でも目的は忘れずに節度ギリギリの遊びを嗜むものだ。 壁際で佇むこの令嬢もその内の一人。 「あら、美丈夫だけれど所作が雑で早口。あれではエスコートは疎かでせっかちそう……食事を済ませたらデザートが出てくるのを忘れて店を出そうだもの」 「あの方は、あのセンスないスカーフお気に入りなのかしら。何回も同じものを見たわ。何ならあれがあの方の顔として覚えたほどよ」 「あちらは……今回の貴族新聞に掲載されていた方ね。なるほど、女性の間を行ったり来たり。しかもいつまでもシャンパングラスを手放さないところを見ると一番最悪。先ほどからもう四杯は空けてるわ。また移動してる……」 ぶつぶつと独身男性をリサーチしているその全ては彼女一人で呟いているのである。 とても「ダンスに誘って欲しい」という表情でも雰囲気でもないため、男性たちはそこをいそいそと避けて通っていた。 無闇に近づく者もいないため、これだけの人間がいるというのにそこだけは随分と通りやすく、一人の女性が面白そうにやって来た。 「はい、エミリー。調子はいかが?」 声の方へと振り向けば。 「あらシエンナ。そうね……やはり貴族新聞の男性特集記事ほど当てにならないものはない、ということだけ」 目線の先を追ったシエンナが、ダンスの予約をとばかりに様々な男性に名を書かれた扇子を広げて口元を覆う。 「ああ、あれはダメ。少し特集されたからといって雲を突き抜けるほどに長くした鼻で、自分のことしか話さないもの。しかも……聞きたい?」 「勿体ぶらないでよ、私たち親友でしょう?」 「一夜限りの関係を求めてくるそうよ」 それを聞いたエミリーは嫌悪感に顔を歪めた。 シエンナは悪い噂をしていると悟られたら困るので、慌てて「表情に出すのはおよし!」と小声で叱りつけながら広げた扇子でその素直な顔を隠した。 「だってシエンナ、有り得ないわ……不潔」 「潔癖で、理想の恋愛ばかりを夢見る貴女には考えられないかもしれないけれどね。少しはそのリサーチばかりする頭を捨ててダンスでも踊るべきよ?」 「そうは言っても体力の無駄遣いはしたくないもの……」 皿に乗るピンチョスを一つ、しょんぼりと口に運ぶと。「それ絶対に私への嫌味ね?」とシエンナが目を細めて返す。 「貴女が何て噂されているか知っていて? 独身貴族男性の情報マニア、自分も評価されたら堪らないと避けられているのよ」 「知ってはいるけれど……私は私の理想を追っているだけよ」 「また言ってる。二年前に成人の儀を済ませたのよ私たち。そんなことを言っている場合?」 二十歳で親友のシエンナはあらゆる社交場に招待される人気者。縁談の話もいくつかきているという。 対するエミリーは伯爵家という家格を持ちながらもこの通りなため、両親はお手上げ状態だったが、「黙って居れば貴女は見目愛らしいのだから、せめて壁際で微笑んでなさい」と言いつけられていた。 揶揄うようにシエンナが、指を折りながらつらつらと声に出す。 「頭脳明晰、冷静沈着で背が高くて美丈夫、優しくて刺激的で……あと何だったかしら?」 「私のことを常に思っていてくれる人よ」 「呆れるわ。エミリーは本の読み過ぎよ。王国中の恋愛がつく物語をほぼ網羅しているのよね」 「それだけじゃないわ、貴族新聞と大衆新聞にも日々、目を通しているわよ!」 「さすがマニア……そんなことをして生き遅れても知らないから。さて私は、無駄な体力を消耗してくることにするわ」 休憩は終わり、とばかりにシエンナが小気味良い音で扇子を畳んで中央に目を向けると、何かを思い出したかのように再びエミリーを見る。 「そういえばルーカス様は知っていて?」 「ええ当然よ、ずっと見ていたもの。噂を聞いても完璧。家格、容姿、所作……あとは人となりをご本人から知りたいと思っていたところなの」 「あら話が早いわ、彼に話しかけたら?」 「あそこまで周りに女性がいると気後れする。とても近付けないわ……」 うじうじとして行動に移さないエミリーに苛立ちながらシエンナは盛大な嫌味を溜息と共に吐いた。 「はあ。ならそうして、罰を与えられた子供のようにいつまでも壁際で立ってなさいな」 「意地悪!」 「意気地無しな貴女が悪いのでしょ。じゃあね!」 また一人取り残されたエミリーは、もう帰ってしまおうかな。と内心でごちた。
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