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「あぁ、これは失礼を。では坂島さん、また後程!」
「……お、おう」
オーク眼鏡ことカクちゃんが去っていくが、坂島の視線は彼を見送ることはなかった。いや、できなかった。
彼の視線はアマテラスが抱きかかえるモノに、釘付けになっていたからだ。
「トールちん、見覚えあるっしょ~? さっきトールちんが心に思い浮かべたんだよね~? この子」
「ばふっ!」
坂島は、現実離れした眼下の光景に応じることなどできなかった。
アマテラスが抱きかかえ、『ボス』と手書きのペンで書かれた前掛けをしているこの犬には確かに見覚えがある。
さらにはつい先ほど、アマテラスから〝強いヤツを描け〟と言われて、ふと頭に浮かんだ犬でもあった。
「この前掛け……? こいつ……まさか『チロ助』か……?」
坂島が小・中学生時代に飼っていた柴犬が、なぜか自分の目の前にいる。
しかもこんな異世界で、しかもアマテラスに抱きかかえれて愛嬌たっぷりに舌を出して「はっはっ」と荒い息をしながらかつての飼い主を見上げている。
「そだよ~。チロ助ちん。ご挨拶して~」
「ばふっ!(訳:よぉ! 久しぶりじゃなぁトール坊! なにシケた面しとんじゃボケェ!)」
和ませる一神と一匹のやりとりであるが、坂島の顔には動揺と困惑が張り付いていた。ちなみに、この犬の(訳)はアマテラスと坂島には聞こえないので愛嬌ある柴犬にしか見えない。
「ありえねぇ……」
坂島のわななく唇から声が漏れる。
この坂島の飼い犬のチロ助であるが――現実にいるはずなどないのだ。
「だって、こいつ――生きてるはずがねぇんだ」
チロ助は、坂島が中学生のときに死んでしまったのだから。
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