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「やっ! やるかコシヌ――」
「クロ。よく聞け」
「な、なんだ……?」
「何度も言う。俺は〝処女〟は要らないし、このタッグも勝手に組まされたもので、お前が〝嫉妬〟するのもお門違いだ」
「お、オレは――!」
クロが顔を一瞬で真っ赤にする。さきにセリスが見抜いたとおり、どうやら図星のようだ。だがアラガにはそんな彼の〝羞恥〟など眼中にない。
「お前の言う通り――俺は腰抜けだ。そのうえ馬鹿だし、糞も漏らしたし、かっこいいヒーローになれないヤツだってのは自覚してる。けどな、」
クロの胸倉を掴みながら、アラガは彼の双眸を見据える。
アラガには、クロに対する怒りでも蔑みでもなく――誠意があった。
「約束するよ。必ずセリスさんの〝命〟を守る。ついでに、〝処女〟もだ。俺の前では誰も死なせないし、酷い目にあわせない――もう誰も、二度と」
アラガの目には、クロだけが映っていなかった。
彼の目に映っていたのは、かつてのタルタロスで起きた〝地獄〟。
朝美花とイルシュタットとロベリアが死に、そして『破滅の魔腕』の力を使いすべてを殺してしまった絶望の『記憶』。
パンドラがいなければどうなっていたかなど考えたくもない……そんな〝トラウマ〟が、想起していた。
そして、さきほどセリスが一瞬だけ見せた陰った顔。
不安、心配、あるいは諦観……それらが入り混じったような、到底アラガには看過できない暗い顔を。
「オマエ……」
クロは、アラガの目と言葉にただならぬ〝何か〟を感じた。それは彼の野生児のような性分がそう感じだせたのか。
アラガがどのような生を送ってここに来たかは知らないが、クロの中で『アラガ』という出会ったばかりの男の存在が大きくなりつつあった。
自分の大切な存在を任せてもいいと、そう思えるほどに。
「……うん。約束、だ。頼むぞアラガ」
「ああ。〝男同士の約束〟だ」
アラガはクロの胸倉から手を離し、代わりにその右手をとって握手をした。
クロはその慣れぬ行為に呆然としていたが、手の大きさと温もりは自然と彼に心地よさと安心感を与えた。
そしてアラガは手を離し、今度はセリスに向き直る。
「行こうか、セリスさん」
「え? でもまだ呼び出しが来ないわよ?」
「こういうのは自分から出向くもんだよ。待ってるばかりの受動的ってのは、俺の相棒の性に合わないんだ。どうせ戦うんだし、先に行って待ちわびてやろう。無敗の王者ってのは、挑戦者を堂々と待ってるもんだろ?」
(へぇ、分かってんじゃねぇかアラガ)
――タルタロスで、アンタから教わったことを思い出しただけさ。
タルタロスでの、失意のなかの地下坑道。
あの時のブリちゃんの教えを、アラガは憶えていた。
「……?」
このアラガの〝豹変〟ともいえる態度にセリスは目を丸くするが、すぐにくすっと微笑み、頷いた。
「いいわ。貴方の言う通り。……もう、待つのは飽きたしね」
セリスの了承を得て、アラガは扉へと動き出す。彼に促されるように、セリスが後に続く。
ひとり残されたクロもまた、
「ま、待って! オレも行く!」
いてもたってもいられず、セリスとアラガの背を追うのだった。
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