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第247話 処刑人
セリスとアラガは歓声のなか、競技場に立った。
来る〝対戦者〟を待ちわびる彼ら二人の手には、余計な装飾のない無骨な片手剣が握られていた。
彼らが立つ競技場は砂が敷き詰められた砂場のようにも見えたが、謎の黒い塊や抜け落ちた歯に混じって、ところどころ鈍色の鉄面が見える。広大な鉄の床に砂がぶちまけられているような印象を受ける。
「なんか、すごい熱気だな……」
アラガは、自分たちを見下ろす観戦席を見回して、感嘆まじりの声を漏らす。
「ええ、私が出ると毎回こうよ。でも、今日は特別なの」
アラガの隣でセリスは、なんの感慨もなくそう告げる。
――「私の〝処女〟を散らす」なんて言ったら、そりゃあ盛り上がるでしょうね。
心のなかで皮肉を交えつつ余裕をみせるセリスであったが、一抹の不安があった。
――エロース。いえ、ゼウス? 私の〝正体〟に気づいたのかしら?
自身の〝正体〟。それにかかわる情報をエロース延いてはゼウスが掴み、このような〝引退劇〟を催したのかという、不安。
「なぁ、セリスさん」
不意に、アラガがセリスを呼ぶ。不安に染まりつつある思考が中断され、セリスは我に返った。
「え、なに? アラガ」
「あのさ、こういう時だし余計なお世話だと思うんだけど……もう自分のその、しょ、〝処女〟をさ、ダシに使うような真似はやめろよ」
「……は?」
「だ、だからさ。〝自分の身体を大切にしろ〟ってことだよ。あと、クロみたいな純粋そうなヤツにも……なんだその、良くない」
アラガはセリスの方をまともに見れず、たどたどしくも、彼女の行いをたしなめる。
こんな冴えない説教の仕方があるのかと、はじめセリスはきょとんとしていたが、やがて、
「ふふ、ふふふ……はははは!」
耐えきれずに、吹き出すように笑ってしまった。
腹を抱え、思わず涎が唇の端から垂れてしまうのもお構いなしに、セリスは笑った。
「こ、こら笑うな! アンタはこっちが真面目な話してると毎回笑うんだな、ほんと!」
「ごめ、ごめん、なさいっ! あなたの言ってること、同意する。もう〝処女〟どうのこうの言わない。でも、ふふっ、おかしくて」
「なにがさ?」
「だって、クロって〝処女〟の意味わかってないのに、あなたが大真面目に、ふふふっ、心配してるみたいだから……っ!」
「……え? あいつ知らないの? ソレの意味」
「ふふふ、ええ、そうよ。あの子にとって〝処女〟は、私が認めた男だけがもらえる〝大事なモノ〟なの。まぁ、間違いではないけれど、その〝大事なモノ〟がどういうものかなんてあの子、分かってないもの」
「あぁ……、そういやさっきアンタに『オレの〝処女〟あげる』とか言ってたのってそういうこと……?」
「えぇ、そう。でも、アラガ?」
「なんだ?」
「……男の人にも〝処女〟はあるのよ?」
「…………」
なんだかツッコんだら負けな気がする、アラガであった。
「オ!? なんだなんだ、突っ込む話かァ!? チェリーボーイも色を知る歳かァ!?」
「うっせぇんだよ、エロ馬鹿コンビが!!」
突如生えてきた自分の相棒の参戦により、我慢できずツッコむアラガであった。
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