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自然現象と思おう
土曜日の午後。
この時間のコールといえば、絶対。
『姪っ子』と表示されたスマートフォンが、ブルブルと震えている。
「うーむ」
出る前にちょっとだけためらってしまったのは、三日前の母の呼び出しを思い出したからだ。
問題の日。
もう三月の声も聞くというのに、どっさりと積もった雪に足を取られながら、帰り着いたとたんに鳴るスマートフォン。
お庭番は、今日もいい仕事をしているようだ。
「はい~?」
もうくたくたですよ?を必死に声でアピールするけれど、そんなことに忖度するようでは、母ではない。
「あんた、すごい雪で大変だったでしょ」
おや。
今日は時節の挨拶っぽい始まりに、しかも、こちらに対する気遣いも感じられる。
「うん。駅から帰るのに、倍の時間がかかったよ」
「そうでしょ。だから、今から雪かきしにこっちに来なさい」
気遣いしてなかったー。
あるわけなかったー。
「え、今から?明日、会社あるけど」
「お父さん、明日病院なのよ。タクシー呼ぶけど、乗る前に滑って転んだら大変でしょ」
無事に退院した父の通院を引き合いに出すとは、おヌシやるなっ。
バス停ふたつ分の距離に住んでるのが悪いのか。
もういっそ遠方、それもシベリア辺りに転勤にならないかと思いながら実家にたどり着くと、雪だるまのように着込んだ姪っ子が、雪だるまを作っていた。
「おばちゃん!」
赤い手袋をした手を広げて抱き着いてくる姪っ子は、あの母の血を引いているとは思えないほどカワイイ。
やっぱり橋の下かもしれない。
「もう真っ暗だから、おうちに入んな」
「おばちゃん、手伝う!」
「パパとママは?」
「まだ帰ってない」
「おばあちゃんは?」
「寒いから、外に出たくないって」
デスヨネー。
手伝うわけないですよねー。
玄関周りと、両隣さんがあらかた終わらせてくれている前面道路の雪を、駐車場の片隅に集めていく。
痛む腰を叩きながら姪っ子を見れば、門のわきには、なかなか立派な雪だるまが出現していた。
「お、上手だねぇ」
「ゆきちゃんっていうんだ!」
「そっかー」
「パパとママにも見せる!」
「そうしな。じゃあ、おばは帰るから、おばあちゃんによろしく」
「おうち、入らないの?」
「ジャムやら植木やら持たされたらかなわん。このままコンビニ寄って、夕飯買って帰るよ。じゃあね」
「バイバ~イ」
赤い手袋をはめた手をブンブン振って見送ってくれた姪っ子は、とても機嫌よさそうだったけれど。
「はい~。どうした~」
つい、なだめる声になった。
「おばちゃん、ゆきちゃんが~っ。うわぁ~ん」
予想どおり、電話の向こうで姪っ子が大号泣している。
「あの雪だるま?」
「昨日まではあったのにぃ~!帰ったら、つぶれてた!おばあちゃんが踏みつけたって!カタマリにしといたら、いつまでも溶けなくてジャマだからって!」
「はぁ~」
子供の夢などに頓着する人ではないけれど、それを姪っ子に理解しろというのも、酷な話だ。
「うーむ。……姪っ子ちゃん。夏に、海水浴に行く予定がダメになったこと、あったよね」
「グスグス。……うん」
「なんでだっけ」
「台風」
「残念だったよねぇ」
「うん」
「でもさ、台風に文句言っても、しかたなくない?」
「言わなかったよ!泣いちゃったけど、台風はしかたないって思ったよ!」
「だよねぇ。文句言ったところで、台風なくならないしね」
「うん」
「つまりね、おばあちゃんは台風なんだよ」
「え?どゆこと?」
「雨とか雪とか、台風みたいな存在なの。なんで雪降るんだーって言っても、降るときゃ降るでしょ。人間だと思っちゃいけない。あれは、お天気なのさ」
「……雨降ったら、雪が溶けちゃうみたいな感じ?」
「頭いいねぇ。そうそう。そんな感じ」
「そっか……」
涙声の諦め声になった姪っ子が、小学生らしからぬ、達観したため息をついた。
「なら、しかたないね。……でも、それじゃ妖怪みたいじゃない?おばあちゃん」
「似たようなもんじゃん?」
「そっか、そうだねぇ!ふふっ」
「つまりだねぇ、おばは半妖なのですよ。かっこい~」
役には立ちそうもないけどな。
「え~、アタシも半妖がいい」
「きみは橋の下だから大丈夫、人間だよ。だってね、姪っ子よ」
「なあに?」
「オオばばはもっとすごかったぞ。半妖がいいなんて、言えないぞ?」
「え?どんな?」
「聞きたい?」
「聞きたい、聞きたい!」
姪っ子の声が明るくなったのは、本当に良いことだ。
「むかしむかし、あるところに、ものっすごいおばあさんがいました」
「おばあちゃんのこと?」
「おばがキミくらいのころだから、オオばばのことです」
そう、あれは、私が小学校3年生のころ。
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