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「もしもし、母さん?」
「もしもし。どちら様?」
「俺だよ、俺」
「……誰よ、あんた?」
「だから俺だって、ふふ」
「……なんだ、英輔じゃないの。何よ変な声出して。ふざけないでよ、まったく」
「アハハハ、母さんもまだしっかりしてるみたいで良かったよ。元気なの?」
「お聞きのとおり、元気よ。あんたがふらふらしてる間は、くたばるわけにいかないからね」
「ふらふらは酷いよ。これでもちゃんとした公務員として真面目にやってんだから」
「仕事はね。あたしが言いたいのは、早く身を固めなさいって言ってんの」
「またそれかい。そういうの、マリッジハラスメントって言うんだぜ」
「何でもいいの。要は早く孫の顔が見たいのよ」
「はいはい。それじゃ親孝行のために子供だけ先に作っちまうか」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。それで何なのよ。普段滅多に音沙汰無いくせに突然電話してきて」
「うん。明日からちょっと長期の出張に出かけるからさ。暫くこっちの自宅にはいなくなるから、とりあえず連絡しとこうと思って」
「ああ、そうなのね。どこ行くの?」
「うん、ちょっと守秘義務の関係で母さんにも言えないんだ。勘弁して」
「まあ、そんならしょうがないわね。それで長期ってどのくらいなのよ」
「うん、これもどこまでかかるかわからないんだけどね」
「何だか長そうね」
「うん……でも、まあ、来年の八月中旬くらいにはそっちに帰省出来ると思う」
「随分先なのねえ。お盆の頃じゃないの。お正月は無理なの?」
「うーん、正月はちょっと無理かなあ。でも、お盆休みには絶対に帰るからさ。まあ、気長に待っててよ」
「はいはい。無理は言いませんよ。お勤めご苦労様でございます」
「有難う。母さんたちが安心して暮らせるような世の中にしたいからね。俺、頑張るよ」
「……ふふふ」
「何だよ。何がおかしいのさ」
「あんたのそういう物の言い方、お父さんにそっくりなんだもの。何か笑っちゃうわね」
「そうなの?」
「そうなのよ。お父さんは、あんたがまだ小学生の頃に亡くなったから、仕事の話とか世の中の話とか、難しい話をすることは出来なかったけどね。でも、あんたがもっと大人になってたら、そういう話を思い切りしてみたかったのかもね」
「父さんも公務員だったもんね。俺とは少し違うけど」
「そうね。でも、あんたが公務に関わる仕事についたって言ったら、やっぱり喜んだんじゃないかと思うわ。本当、あんたもだんだんお父さんに似てきたわよ」
「そうか……父さん、喜んでくれてるのかな。なら、いいんだけど……あと、茉奈は元気?最近連絡とってないけど」
「まあ、元気は元気よ。相変わらず家にいるけどね」
「え?そうなの?今年東京の大学に受かったんだよね?ああ、そうか、折角受かったのに、コロナのせいで自宅でリモート授業ってわけか」
「そうなのよ」
「ふーん、そっちにいるんだね。そうか、そんなら、まあいいか……今、そこにいるの?」
「今、お風呂入ってる。後で電話する?」
「いや、いい。こういうのも一つの貴重な経験だと思って、諦めずにちゃんと勉強しろって言っといて」
「堅物なお兄ちゃんからいかにも堅苦しい激励の言葉があったことは伝えておくわ。そう言うあんたも大丈夫なの?何だか忙しそうだけど、ちゃんとお休みとか取れてるの?」
「大丈夫だよ。俺なんか楽してる方さ。もっと大変な思いをしてる人は世の中沢山いるんだから」
「そういうあんたの真面目過ぎるところが、ちょっと心配なのよ。お父さんも、結局、真面目過ぎて命を落としたようなもんだったしね。あんたには、そうなってほしくないのよ」
「アハハハ、俺みたいにいい加減な奴が、そんなに真面目になれるわけないじゃない。勿論無理はしないようにするよ。有難う。じゃ、明日早いんで、おやすみ。母さんも元気でね」
「おやすみ。電話有難うね……」
繰り返しお伝え致します。本日未明、永田町一帯を占拠した国防隊の一部勢力と鎮圧部隊との間では、今なお激しい戦闘が続いており、双方に多数の死傷者が出ているもようです。情報も錯綜しており、事態の帰趨は未だ混沌としております。なお、現時点で平田首相以下主要閣僚の安否も、未だ判明しておりません。繰り返しお伝えします。本日未明……
[了]
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