1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

※  二階光(にかいひかり)の先導により、マチとヒムラは駅を出てペンション宿へと急いだ。  晴れてはいないが、白い雲の隙間から白い光だけが射し込んでいて雪は降っていない。風もないが、この天気だからこそ寒い。気温が低く堪えがたい。ヒムラは共に歩む二人の様子を見て本日四回目の後悔をした。平然と歩いている、自分だけが寒がっているようで面白くはなかった。  けれど雲が白いならば雪が降る心配はなさそうだ。これ以上寒くなられては困る、それだけはないだろう確信を持って密かにヒムラは胸を撫でおろしていた。  ペンション宿までの道は国道で駅よりも賑やかだった。スキーの団体客を乗せているのであろう大型のバスが幾つも往来しては轟音と突風で雪で狭まった歩道の真横をかすめて行く。土産屋や飲食店からは白い煙が上がっている店もある。こうも寒いと店先で温かいものを販売するだけで効果が凄まじい。皆吸い込まれるように店内へと消えていった。  それらを横目に二階光(にかいひかり)がバス停で立ち止まり、時刻を確認した。腕時計と時刻表を視線が行き来した後、マチとヒムラに顔を向け、困ったように笑う。 「バス、さっき出ちゃったみたいです。次のバス、三十五分後になってます」  なるほど、納得した。と同時に、ヒムラはげんなりした。  仕方なく、三人はバス停に一番近い飲食店で時間を潰させてもらうことにした。  店内は勿論暖かく、冷えた全身が目に見えない暖かい雲に覆われたような気分だった。席に着くなり頬や鼻、指先が熱くなる。寒暖差とか冷えすぎた体がとかでこうなるのだろうが、今はそれを不思議がる程、ヒムラに余裕はなかった。  恐らくヒムラだけではなく全員がそうだったのだろう。マチが座る前にメニュー表を開き、二階光(にかいひかり)が座るなり「私カフェモカで」と注文した。ヒムラは自身の分とマチのカフェオレを注文しつつ、平然と歩いていたはずの二人も我慢していたのだとわかって口元が緩むのを必死に堪えた。  三人の注文したものが揃ってから、暖を取るようにマグカップを両手で包んだ二階光(にかいひかり)が、口を開いた。 「(ひかる)とは、幼馴染だったんです」  「だった」、過去形にして、二階光(にかいひかり)は言葉を続けた。  幼馴染だった二階光(にかいひかり)波多野光(はたのひかる)は同じ街で生まれた同級生だった。小学校から中学校まで一緒だったが高校は別々、それでも連絡は取り続けており、かつ時間が合えば遊ぶ仲だった。  これ以上にお互いの道が分かれてしまったのは高校三年に入ってからだった。二階光(にかいひかり)は高校時から働いていたコーヒー店でそのままの就職が決まり大学へは進まなかった。一方、波多野光(はたのひかる)は大学へと進み、そこからはまるで違う世界を生きるようになった。  しかしある日、友人に誘われた旅行で、二人は再会した。友達の友達、という姿で。彼女が消えてしまった、その旅行で。 「私が働いているお店でバイトをしている同い年の子がいて、彼女は大学に通っていて、それが(ひかる)と同じ大学だったんです。どこに通っているのかは、私聞いていなくて。待ち合わせ場所で初めてその子の友達が(ひかる)だっていうのがわかって、久しぶりに会えて、楽しかった」  湯気で霞む先を見つめる二階光(にかいひかり)の表情はなにを思ってなのかはわからない。けれど、複雑に、感情が混じりあっていることだけはヒムラにも容易に察することが出来た。  再会した二階光(にかいひかり)波多野光(はたのひかる)は離れていた分つもる話も多く、懐かしくもあるが、それよりも一緒にいる時間が殆どを占めていたあの頃に戻っていくようで過ごす時間のどれもが楽しかった。  しかし、三泊四日の二日目の朝方、事件は唐突に起こった。  部屋で眠っていた二階光(にかいひかり)は話し声で目が覚めた。同じ部屋である波多野光(はたのひかる)は部屋にはおらず、話し声は部屋の外、少し離れたところから聞こえていた。  二階光(にかいひかり)は声の聞こえる方向へと向かい、行き着いた先はリビングだった。暖炉の火も燃え続けているままのリビングには二階光(にかいひかり)以外の四名が皆、集まっていた。  しかし、そこで成されていたのは楽し気な談笑などではなく、聞くに堪えない皮肉と蔑みの言葉の数々だった。 「私が眠っている間になにが起きてそんなことになっていたのかわかりません。それに、彼女達は彼女達で友達関係だったわけで、私が知らないことがあったんだろうっていうのも、確かなことだと思います。だから……もしかしたら、(ひかる)になにか問題があったのかもしれないし、問題があったのは他の誰かかもしれないし……」  〝その〟輪の中に二階光(にかいひかり)は含まれていなかった。口論の内容にも含まれていない、だからこそ二階光(にかいひかり)は起こされることもなく、静かに眠っていられたのだ。  二階光(にかいひかり)がリビングに入ってから間もなく、どういった内容で口論していたのかも理解出来ないまま波多野光(はたのひかる)はペンションから飛び出してしまった。その時の天候は吹雪いていて、波多野光(はたのひかる)が開け放った扉が風で押し戻された音が凄まじかったという。  二階光(にかいひかり)は慌てて彼女を追おうとしたが、押し開ける扉は風で重く、やっと開いたそこに波多野光(はたのひかる)の姿は既にない。一面が吹雪く雪に包まれ視界に入ることはなかった。 「いなくなってしまいました」  二階光(にかいひかり)の目には涙が浮かび、零さないように小刻みに瞬くそれが痛々しく悲痛さを訴えた。 「時間だな」  マチが左手首の時計を確認すると会計の紙を持って立ち上がり、一人、先に席を離れていった。  促されて立ち上がりかけたヒムラの横で、二階光(にかいひかり)はその隙に目元を拭った。零さずに済んだはずの彼女の涙は、真っ赤なダウンの袖に深い赤のシミとなって消えた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!