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食後、初めて見る暖炉の火つけを任されたが一向に進む気配がないヒムラを見かねて二階光がかわり、後片付けを終えたマチが三人分の飲み物を作る為に湯を沸かし始めた頃には暖炉が緩やかに炎を靡かせていた。
なにも出来ていない気がする。少々焦りを感じたヒムラは徹して、二階光と会話を重ねていった。
「そういえば、同じ名前ですよね。二階さんと波多野さん」
瞬間、二階光の表情は明るく、気づいてもらえたことにも喜んでいるようにも見えた。
「私がヒカリであっちがヒカルで。気付いたらもう、ずっと一緒にいたんですけど、母親に聞いたら四歳から一緒にいたみたいで。同じ漢字で一字違いなんて、誕生日が同じってくらい嬉しさがありました。なんでか本当、嬉しくて。きっと友達になるのも運命だったんだねって」
「確かに。同じ名前の友達とか同級生にも会ったことがないし、凄いことですね、考えてみたら」
「でしょう?」
何故だかとても得意げな二階光の笑顔は無邪気で、ヒムラは同調して嬉しくなった。
改めて、その友人がいなくなってしまったのだと考えると、それはまるで自分の半身を失ったかのような感覚なのではないかとも感じた。
二階光の物悲しさの一因は、そうしたことも含まれているのかもしれない。暖炉の揺れる火も虚しく、二階光はまだ体をさすっている。それは本当に寒さだけから来るものなのか、それとも自身の存在を確認する作業でもあるのだろうか。
こつり、と硬い音がして、マチが三人分のコーヒーを淹れたマグカップを置いたことに気が付いた。いつの間にか湯が沸いて、いつの間にかコーヒーの香りが漂っていた。それはヒムラの時間では当然の日々のことで、“気が付く”のにはなかなか難しいものでもあった。
「他の三人は?」
久し振りに発した言葉が鋭利に重く、折角の二階光の笑顔はまた曇る悲痛に滲んで消えてしまった。
けれどその問いかけは必要であるからこそと、二階光もすぐに理解した。はっきりとそう宣言したマチの言葉は依頼をした自分にとって絶対であるのだと。
「皆は……ここにはもう行きたくないって、今回は一緒に来てくれませんでした。無理もないですよね、怖かったり、色々。当然ですよね」
「その、消えた、ことは、皆ななんて言ってるんですか? 喧嘩もしたみたいだし、なんで喧嘩したのかとか、聞いてないですか?」
「……大学で、三人と光は大学が一緒で、その輪に入っていない私にはなにが本当でなにが噂話程度なのか、本当にわからないんですけど。光には好きな人がいて、最近雰囲気が良くて。でもその好きな人が、三人の内の一人の元彼で」
「あー……なるほど。そういうやつなんですね……」
「私が光から聞いた話と、彼女達から聞いた話で、どっちも多分、主観的だし感情的なんだと思います。だから、正直その部分に関しては、私はどうとも言えないですよね。だから、そういうことなんだってわかってもなにも言えなかったし。そうしている内に、光は出て行ってしまったし……」
だからと言って雪山に、ヒムラは言いかけてしまいそうになる言葉を必死で飲み込むのには成功したが、喉の奥の不快感がたまらなかった。そんなことで雪山に飛び出すのもわからなければ、半ば追い出してしまうようなその行動も理解出来ない。
そんなことで友人を行方不明にしてしまったことを、二階光以外他三名はなにを思うのだろうか。ただ一人後悔してこの場にいるのは二階光のみ。これが既に答えなのだとしたら、ヒムラはなんともやりきれない思いになった。
「怖いっていうのは?」
抑揚のない低い声で冷静に、マチが続けた言葉に、ヒムラは首を傾げた。
「怖い?」
「ここに来なかった三人は怖いってここに来なかったんだよな。その怖いってのは、どこから来たんだ」
途端、二階光は自分自身を抱きかかえるように両腕をさすり、言葉を選んでいるように見えた。選び、あぐねているように見えた。視線があちらこちらへ動いては、床に留まる。
その仕草はヒムラがこれまで沢山の依頼人から見てきたもの、そのものだった。口に出すのが憚れる、信じてもらえそうにない現象に悩まされている依頼人達に共通した仕草だった。
けれどそこに加えて、二階光はしきりに体をさする。今も、会ってからも、ずっと。
そうして少しの沈黙の後、小さく吐いた息は白く、散った。
「あの日から、皆体調が良くないんです。私も含めて、ずっと」
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