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別世界のもの
私は、妖魔退治をどこか遠いもの、別世界のものとして見てきた。
「きのうさ、橙子ちゃんのお父さんがさ、お兄ちゃんのツキモノをとってくれて、お兄ちゃん元気になったんだよ」
小学校で父上の仕事ぶりが話題になることがあった。どこか遠い存在の有名人やらヒーローについて話している感覚だった。
それなのに。
「ね、橙子ちゃんもオバケ見えるの?」
「どうかなぁ」
私のことも聞かれ、笑ってごまかした。
友だちといる世界が私にとっての現実で、父上の世界は非現実のようであった。
けど、友だちがいるところも別世界のようにも感じていた。彼らが見ている世界と私の見ている世界は違い、完全にはわかり合えない。
だから、自宅から電車で一時間ほどかかる場所――私と父上のことを知らない人ばかりの町の高校に進学した。私はここで普通の女子高生としてスクールライフを満喫、妖怪や妖魔退治を遠い存在だと思いこんだ。
なのに、存在を消そうとしていたのに、修行の話が持ちあがった。
「継ぐ気があるなら、十五才のさいごの十五夜を過ぎた翌日から修行を始める。そういう決まりだ」
父上がいつものごとく一方的に告げてきた。
このときばかりは、柔順に聞きいれられなかった。
「なんで。私、女なのに。弟の征実が継ぐんじゃ」
「これからはそういう時代でないだろう」
衝撃的だった。和服姿でキセルを吹く古くさい父上からそんな言葉がでるなんて。
「橙子には妖気を感ずる高い能力がある。それを妖魔退治に生かせないのはもったいない」
そのとき父上はめずらしく私の頭をなでて、下駄をつっかけ仕事へとでかけていった。
温かい手だった。ぬくもりが頭上からおりてきて、私を包みこんだ。
それは、心の底をわきあがらせ、温かい雫となってほおを伝った。
他人と違う力。消したかった力なのに。使いたい、貢献したいという奥底に埋まっていた気持ちがこみあげてきたのだ。
けど、このまま普通の女子でいたい自分もいて、修行を始める日まで悩むことになった。
「橙子どうしたの」
悩みすぎてクラスメイトに心配されもした。
「進路の悩み。大丈夫」
とっさに笑みをつくった。
そのときウソ笑顔の私の前にいたのは、ほんわか笑顔の陽子。
「本当に大丈夫? オーラが暗いわよ」
独特な感性をつらぬき、流行を追わない彼女になら、私をさらけだしてもいい気がした。
それでも、私は微笑を湛えたまま、ごまかしたのだった。
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