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職場体験の妖魔退治
無慈悲な都市開発で数を減らす虫の音がさびしげに縁側に響いてくる。経済発展に必要ない古いものや生物は淘汰されていく。それらを愛しようという気は起らないのかな。男女の愛はドラマで語られるのに。
ゆっくり考えごとをするのに適した夜長。だけど、今夜はどことなく妖しい感じ。高層ビルや煙突の間に浮かぶ1980年の満月は東京タワーみたいに緋い。
ふいに冷たい風がすうっと通り、私のおかっぱ髪がみだれて顔にまとわりつくも、煮干しを噛みながら思考を続ける。灰色猫のギンタにも煮干しをあげながら。
明日には決めないといけない。なのに決められず、時だけが無情に流れていく。悪霊化した妖怪である妖魔を退治する仕事を継ぐために修行するかを明日には決めないといけないのに。ギンタの黄色い目が深まる闇に光りをましていく。
「橙子。悩むなら、今夜、妖魔退治をやってみて決めろ」
「えっ」
父上がそばに立った。年季のはいった床板をきしませることなく颯爽と。和服の袖を風に揺らしながら月夜をにらんでいる。ギンタはするりと庭へおり、蛾をねらってかけだした。
今どきのモーレツ社員というサラリーマンとはかけ離れているのが私の父上。で、すなわち、継ぐということは、ナウい世の中と離れた仕事に就くということ。
「私、まだ退治の仕方なんて知らないけど」
「カラカサを供につけよう。
強い妖気が漂ってきている。でかい妖魔が誕生するかもしれん。被害が出ぬうちに早く行け」
やんわりと拒否した私の言葉に耳を貸してくれない。父上は妖怪カラカサを召喚した。
やるしかない。でも、本当にどうしたらいいかわからない。とりあえず、補給用に煮干しをポシェットにいれて、いや、キャラメルのほうがいいかな。
「とっとと行きなさい」
「はいぃいってきますっ」
父上に気圧されて、朝から着ていた高校の制服姿のまま、煮干しいりポシェットをひっかけ夜道へ飛びでた。
竹格子の向こうでギンタは蛾をはたき落とし噛みついていた。
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