第一話「揺篭」

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第一話「揺篭」

 赤務(あかむ)市、美樽(びたる)山の地下……  鋭い金属音とともに、光と光は暗闇にぶつかった。  広い〝儀式の間〟は、いちめん蝋燭の炎に照らされている。その中央で苛烈な死闘を繰り広げるのは、年端もいかない二名の少女だ。打ち込む拳に翼めいた薄刃を生やした片方は、不可思議な純白のドレスをまとっている。  対するもう一方の少女も、色彩こそ真紅とはいえ派手なドレスを身にまとうのは同じだった。白と赤それぞれの衣装を構成するのは、異世界の〝呪力(じゅりょく)〟に他ならない。  どちらかといえば押されている白の少女は、激しい攻防に必死の形相だ。それとは裏腹に、赤い少女の笑みには余裕と邪悪がみなぎっている。  放たれる正義の翼刃(ブレード)を、まがまがしい死神の大鎌は火花を散らして受け止めた。衝撃の波紋を広げた突風に、火の海が轟々と渦巻く。  複雑に絡まって鍔迫り合う白い少女の翼刃(ブレード)と、赤い少女の大鎌(デスサイズ)……  まさしく〝魔法少女〟と〝魔法少女〟の戦いだった。 「おかえり、ホシカちゃん♪ しっかり恨んでくれた? 私のこと?」 「おまえの言ったとおりだよ、雨堂谷寧(めどうやねい)」  超高速で位置を変える激戦のさなか、白い魔法少女は答えた。 「あたしは自分からここに戻ってきた。もう逃げるなよ。あたしも逃げねえ」  別次元の決闘の場に、ひょんなことから立ち会うことになったのは江藤詩鶴(えとうしづる)美須賀(みすか)大学付属高校に通うふつうの女子高生だ。  しかしシヅルは身動きひとつできなかった。手も足も体も石造りの〝生贄の祭壇〟に縛りつけられたうえ、猿ぐつわまで噛まされている。じぶんを誘拐した雨堂谷寧(めどうやねい)と、それを救出にきた伊捨星歌(いすてほしか)の言葉のふしぶしには〝生贄〟〝儀式〟〝召喚〟〝憑依〟等々の単語が含まれていたが、シヅルにはさっぱりわからない。  理解できるといえば、何点かだけだ。  ネイはシヅルを、なにか恐ろしい目的に利用しようとしている。あわれな犠牲者であるシヅルを助けるため、親友のホシカは決然とネイに挑んだ。あの悪夢の夜、高所から飛び降りたホシカが見せた奇跡……〝魔法少女〟とかいう神秘の力を使って。 「!」  おびえて震えるシヅルの視線の先、天井に大穴をうがった力もまた説明不能だ。  白い〝翼ある貴婦人(ヴァイアクヘイ)〟と赤い〝角度の猟犬(ハウンド・オブ・ティンダロス)〟は、またたく間にその亀裂の闇に吸い込まれて消えた。かたときも剣戟の衝突を絶やさぬまま、魔法少女たちは夜空をどこかへ遠ざかっていく。 (ま、待って……!)  猿ぐつわ越しに、シヅルはもごもごと呻いた。 (私もホシカを助けなきゃ! このままじゃきっと、ホシカはどこか遠い場所へいなくなっちゃう! そんな気がする!)  だがどれだけシヅルが身じろぎしても、やはり祭壇の縄は頑丈でびくともしない。残されたシヅルの寝姿を孤独に揺らめかせるのは、灼熱の火の粉とかげろうだけだ。 (どうすれば!? ああ、どうすれば!? 私にも〝力〟があれば……!)  シヅルが夢中で願ったそのときだった。  正体不明のささやきが、耳に忍び込んだではないか。 「力、と言ったな?」  その声色は、男女の性別や年齢もはっきりしない。高いか低いのかも不明瞭。いやそれどころか、この世のものかどうかすらも謎だ。  ひとりでに、広間の炎はなびいた。 (!?)  ふたたびの驚愕と恐怖に、シヅルは目を剥くことになった。  まず最初に聞こえたのは、鋼のように硬い蹄鉄のこだまだ。  馬?  いつしかシヅルは、じぶんの横にたたずむ巨大な影を見た。人馬一体と思われるその影からは、不鮮明だが蜘蛛のように八本の脚が生えている。とめどなく影を包むのは、膨大な量の漆黒の瘴気だ。おぞましい黒い影。影の怪物としか形容できない。  騎士の闇で輝くあれは刀剣か? 焔を照り返すあれは盾か?  斬り殺される……  とうとう観念して、シヅルはもごついた。 (あ、あなたは……?)  そこだけ燃える影の瞳は、不吉な赤光を増した。 「我は星々のもの……〝蜘蛛の騎士(メーディン)〟」 (私を、私を食べにきたの?) 「そうとも言える」  ろくにシヅルは口を聞けもしないのに、騎士とはなぜか会話が成立した。 「深宇宙のかなたより、我は儀式に応じて現世に召喚された。すると我の着地点はおまえか、江藤詩鶴(えとうしづる)?」 (……?) 「もっと簡単に言おう」  抑揚のない舌使いで、騎士は問うた。 「力が欲しいか?」 (……!)  現状を総合的に考える間、シヅルはしばし沈黙した。 (欲しい……欲しいです、力が) 「よかろう。そうでなくては、我が呼び出された意味はない。ただし」  いななきをこぼす異形の蜘蛛馬をなだめつつ、騎士は念を押した。 「ただし、これからその片目に刻まれる五芒星の契約が尽き果てたとき、我はおまえの体をもらうぞ。おまえの存在を貪り食い、我は真に現世へ受肉するのだ。承諾するな?」  騎士の炎の瞳を、シヅルは強い眼差しで見返した。 (なんだかよくわからないけど……やるなら早くして。さっさとしないと、間に合わなくなる。ホシカと二度と会えなくなるわ) 「それでいい。では耐えよ。痛みに、呪いに、運命に」  悠然と後退して、騎士は怪物馬の手綱を叩いた。  勢いよく加速した人馬の影は、次の瞬間にはシヅルめがけて飛び込んでいる。  跡形も残らずシヅルの片目に吸収され、〝蜘蛛の騎士(メーディン)〟の姿は消失した。同時に、どくんと大きな鼓動を打ち広げたのは、寄生の宿主となったシヅルだ。縄の縛めをものともせず、その華奢な体はえびぞりに反り返って痙攣する。  見よ。地獄でも垣間見たように限界まで瞠られたシヅルの片目、ひとりでに線を結んでいく呪力の〝五芒星〟を。  新たな魔法少女の誕生の瞬間だった。 「~~~ッッ!!」  雄叫びという名の産声とともに、シヅルの拘束具はいっせいに千切れ飛んだ。
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