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不思議と、さっきまでの憂鬱感が少し無くなっていた。
気のせいかもしれないけど…絵を見ただけでこんな気持ちになるなんて。
多岐さんは本当にすごいのかもしれない…。
私も、こんな風に誰かが見て気持ちが和らぐような…気持ちが弾むような、安心するような絵が描きたい。
『…よし!描こう!』
さっきまでの無気力が嘘のように、私はキャンパスを立てて絵の準備を始めた。
やっぱり…私はどうしても絵が好きなんだ。
と、筆を持った時。
「実莉ー!おつかれ!」
「…っ有咲、」
勢いよく綺麗なピンクのジャージを着た有咲が部屋に入ってきた。
ポニーテールにしている髪の毛がふわふわと跳ねている。
「やっぱりここにいたー(笑)昨日は楽しかったかー?」
「……」
「せっかく私が実莉のこと譲ってあげたんだからー2人で楽しんだんでしょぉー?」
昨日って…幸人とあんな電話してたんじゃないの?全部知ってるくせに…幸人から聞いたくせに。
なんでそんな平然に私と話せるの?
「……あ、うん。ありがとうね。ごめん、ちょっと集中するから」
「あー分かった!邪魔してごめんね!私もサークル行ってくる〜また後でね!」
「うん……」
有咲は元気よく部屋を出て走って行った。上手く息ができずに、有咲がいなくなってから思い切り酸素を吸い込む。
「…っはぁ、はぁ」
せっかく、さっき落ち着いたのに…また胸がザワザワとし始める。
2人に対する不信感と、自己嫌悪が合わさってイラつきさえ覚える。
それをぶつけるように、筆に絵の具をつけてキャンパスへ乗せ始めた。
こんな気持ちで描いてもいい絵は描けないって分かってるのに…手は止まってくれない。
「……っはぁ、うぅ、」
無心で絵を描き続けて、どれくらい時間が経ったのか。ふと我に返って時計を見てみると、ここに来てから2時間は経っていた。
ずっと上げてた腕は痛くなって、汚れることを気にせず描いた手はカラフルになっていた。
「…喉乾いた」
椅子から立ち上がって、後ろへ振り向いた時。
「あ、やっと気付いた」
「!!?ぎゃー!?」
突然視界に入った男の人に、体が跳ね上がる。
椅子に座って頬杖をついてこちらをじっと見ていた。
いつからそこに…!??
ていうか、この人…
「…えっ、た、多岐さん?」
「うん、さっきぶり〜」
「な、なんで…いつからここに…」
「1時間前ぐらいかな?先生に大学内案内してもらって〜たまたま、この目の前の廊下通って〜青谷さんが1人で絵描いてたから気になって見てた」
「えっ…!?だって、学校案内は」
「あとは好きに見るから大丈夫ですって言っといたよ」
なんて自由…。そのまんまって感じ。
ていうかなんで今もジャケットにキャップ被ってるの…ファッション詳しくない私が見てもおかしいよ。
「…多岐さんみたいな有名な画家さんが見るほどの物じゃないと思います」
「そんなことないよ。僕も色んな人の作品を見ると刺激になるし、自分じゃ気付けないこともあるからね」
相変わらず座って足を組んだまま、私をじっと見てくる。怪訝な顔をしながら、私はペットボトルの水を口に含んだ。
「まぁ、でも…酷い有様だったね(笑)」
「……え?」
「そこに飾ってある君の作品を見たから、描いてる所が気になったんだけど…本当に酷かった。そこの絵を描いた人とは思えないぐらい」
「…あの、酷いって」
「もー絵に対する愛着も感じられないし、色の使い方も思いつき。ただ苛立ちをぶつけてるような…そんな感じがした。君、本当に絵が好きなの?」
「………」
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