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一筆入魂。
その一瞬で表情も色も変わってしまう。
ちょっとずつ、ちょっとずつ気持ちを込めて…
キャンパスに色をつけてあげるの。
そうしたら、どんどんその絵の表情が出てくる。
今日もそうやって、この筆に気持ちを込める…。
「………っよし!」
私、青谷実莉は美術大学に通っている19歳。
とにかく昔から絵を描くことが大好きで、高校卒業後に美大で絵を勉強したいって親に懇願して入ることが出来た。
油絵専攻で、絵画サークルにも入っているからとにかく1日中絵を描いている。
でも私にとってこの時間が1番幸せ。
「あー!!実莉いた!!」
「…!!!うわっ」
「うわ〜やっぱりここ油くさ!まだやってたの?早く帰ろうよ〜」
「有咲〜、走ってきたら危ないでしょ!絵が倒れたらどうするの〜」
筆を置いたところで、友達の有咲により絵の制作が中断された。ごめんごめんと言って笑う目の前の美女は、この大学に入ってからできた友達。
「もう、ただでさえ授業で絵やってるのに終わった後もよくやるねー」
「だって、私は絵を描くこと好きだから苦じゃないもん」
「はいはい!でも今日は片付けて帰るよ!もう暗くなってるんだから」
「はーい」
この長いサラサラの茶髪をなびかせている有咲は、グラフィックデザイン科でバスケのサークルに入っている。
大学中の男子にモテモテで、サークルではマネージャーの仕事をしているみたいだし。
オシャレで可愛くて、私とは正反対だ。
「てか、実莉も少しぐらいオシャレしたらー?せっかくのキャンパスライフだよ?」
「まぁそうだけど…絵を描く時は汚れてもいい服装じゃないとさ」
「いっつも絵描いてるから、いっつもその服装じゃん!白Tシャツにスキニーって!」
「でもこの格好が1番、絵に集中できるの」
「もぅー本当に」
筆を持ちすぎた手はボロボロで、Tシャツは何枚か絵の具で汚れてダメにした。
でもさすがに…少しはオシャレした方がいいかなと思って先月、有咲を見習って美容院に行き、髪の毛を明るい茶色に染めてみた。
まぁ…垢抜けたといえばそこぐらいか。
「実莉はもっとオシャレしたら絶対可愛いのに〜」
「いや、そんなことないよ…私は地味顔だし」
「あ!!実莉ー!」
有咲と喋りながら廊下を歩いていたら、後ろから私を呼ぶ男の人の声が聞こえた。
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