第一章  懺悔

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 桂人と研修医たちが室内に入ると、ソファでスマホを眺めていたスーツ姿の男性と窓辺の椅子に腰かけていた上品そうな女性が勢いよく立ち上がった。ベッドには白髪交じりの中年男性が穏やかに横たわっていたが、鼻にチューブが繋がれているせいか、呼吸音が少し荒っぽい。桂人は無表情で男性をしばらく見つめ、奥さんと思われる女性と秘書の男性にこう説明した。 「代議士先生の病状はだいぶ安定してきています。しかしながら、いつステージⅢからステージⅣへ移行してもおかしくない状態ではあります。もし移行してしまうと、隣接臓器だけでなく、他の臓器にまでがんが移行した状態になりますので、治療がさらに難しくなると思われます。もちろん、生存率も今の半分以下にまで下がります。その前に手術をお勧めしますが…」 「少しでも主人が助かるチャンスがあるのなら、手術でもなんでもお願いしたいです。赤染先生が最後の救いなんです」  説明が終わらぬうちに、そばに立っていた女性が涙ぐむ目をハンカチで押さえながらこう言った。薬指にはめられていた大粒のダイヤの指輪がやたらと目についた。  空は青く、窓の向こうから波打つ音が伝わってくる。穏やかな時の流れの中、女性の涙声が機械音に混じりながら病室中に響いた。それを聞いてか、目を閉じていた代議士先生がゆっくりと目を開けた。 「わかりました。少しの間、代議士先生と二人っきりにさせてもらえませんか」  桂人は女性にそう言うと、そばにいたナースと研修生たちに目で合図をした。  全員が部屋を後にすると、桂人は窓辺の椅子に腰を下ろした。目の前に横たわっているやせ細った中年男性の目を見つめながら、口角を少し上げてこう言った。 「井上先生、病状についてもう一度説明させていただきますね」 「大丈夫です。先ほどの説明、聞いてましたので。自分の病状、自分が一番よく理解しているつもりです」
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