第一章  懺悔

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 井上代議士は両目を桂人からそらし、天井をしばらくじっと見つめた。 「それで、どうされますか。手術は希望されますか。それとも何もせず延命治療に切り替えますか」  これといった表情もなく、桂人は淡々と説明を続けた。この職業に感情は必要ない。  しばらくすると、井上代議士は自分に言い聞かせるようにゆっくりとこう語り出した。 「罰が当たったんですかね。若い頃は、ただ単にみんなの生活をもっと良くしたくて、走り回って、政治の道に突き進んだ。それがいつ頃からか、政治的な駆け引きがすべてになった。今思えば、やっちゃいけないと子供に教えたことも当たり前のようにやった。人ってなんでも正当化できてしまうもんですよ。ここに来てやっと、初心忘るべからず、という言葉を思い出します。もう遅いですが」  桂人は黙ったまま何も言わなかった。井上代議士はさらに語り続けた。 「罰が当たったとしても、人間、生きたい、と思い続ける生き物なんですね」  あふれ出す涙を抑え、高まる感情を鎮めるように井上代議士は黙り込んだが、涙は目頭を伝って勢いよく枕に落ちた。 「手術をご希望でよろしいですね」  表情を変えることなく、桂人はこう聞き直した。 「はい」    代議士は天井を見つめたまま、小さくうなずいた。溢れた涙で枕が濡れていた。 「わかりました。それでは当院の方針について説明させていただきます」  まるでセールスマンが商品の説明でもするように、桂人はすらすらと赤染慈愛病院の「方針」について語り出した。 「私が執刀する以上、手術は必ず成功させます。ただし、その代価はきちんと頂きます。代価を何で、どのくらい支払うかは、井上先生に決定権があります」
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