第一章  懺悔

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 井上代議士は不思議そうに桂人を見つめた。治療費を自分で決めろ、というのか。  それを見て桂人はこう付け加えた。 「その代価はもちろん、先生ご自身の命のお値段になります。言い換えると、私は頂いた分だけ、あなたを救う努力をします。その命にどのくらいの価値があるのか、ご自分でお決めください」  そう言い終えると、桂人はさっと立ち上がり、振り返ることなく病室を出た。  井上代議士はたった今耳に入ってきた言葉を何度も脳内で再生した。背中に寒気が走るのを感じながら、その意味を何度もかみしめた。政界や経済界でいろんな人間と駆け引きをしてきたが、こんな人間は初めてだ。がんが発覚してから専門医に専門医を紹介され、たどり着いたのがこの赤染慈愛病院。白衣の悪魔がいるとしたら、それはこんな形相だろうか。彼の目には、悪魔が宿っている気がした。死に際に悪魔と取引きをするはめになるとは、やはり罰が当たったんだ。    赤染桂人、三十一歳にして赤染慈愛病院、五代目院長。医学界では名の知れた若き名医として一目置かれ、死神から数々の命を取り返した天使とまで言われ、多くの医学誌で称えられている。  天使の瞳の奥には深い闇が広がっていて、一度落ちてしまうと二度と光を見ることはない。  診察を終えて廊下を歩いていると、若いナースたちに笑顔で挨拶をされ、とっさに微笑み返す。 「院長先生、近くで見ると顔立が濃くて爽やかね」 「うん、男でも惚れてしまいそうなくらい品のある美男子」 「腕もあるし、性格もいいし、天は二物も三物も与えたって感じね。不公平だわ」  こそこそ話にしては音量が大きい。だが聞いていて悪気はしない。しかし、この病院のナースたちはみな可愛らしい。理事長の趣味が間違いなく採用に現れている。苦笑いしながら、桂人は院長室へ向かった。
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