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空を削るようにしてそびえ立つ高層タワーの一室で、俊惠(しゅんえ)はぼんやりと眺めていた経済誌を閉じた。経済界を動かす次世代リーダー特集、そこには数週間前に答えたインタビューと自分の決め顔が載っていた。前社長である父親が倒れたのをきっかけに引き継いだこの会社は、先祖代々が血肉で築き上げてきたもの。その最高責任者に就任した以上、生半可な気持ちではいられない。日々プレッシャーと責任感に押しつぶされながらも必死に背筋を伸ばし、今、この社長室にいる。
窓の外に目をやると、雲上から下界を眺めているような気持ちになる。初春の柔らかな日差しが室内に差し込み、それを浴びていると、神にでもなったような錯覚を覚える。
下界を眺めながら、俊惠はオータムグループとの会談を思い返していた。
オータムグループ、日本国内でアウトレットモールを経営するグループ会社のひとつ。アウトレットブームに便乗して急成長し、観光地やリゾート地周辺で数を増やしてきた。しかしブームが去り、衣料品の売れ行きが悪くなったせいで、グループ全体の売り上げは近年、落ち続けている。
「和泉社長、これでは叩き売りのようなものです。確かに近年の成績は著しいとは言えませんが、この不況の中、このくらいの損失だけで済んだのは、優秀だと思いますが」
提供された買収条件を見て、オータムグループの秋葉社長は感情的に反論をした。
「秋葉社長、優秀という言葉の意味をご存知ですか。オータムグループの収益力を鑑みた上での損失処理、さらにはリストラクションも行わなければなりません。経営者ならこのくらいのこと、よくご存知でしょう。これでも百歩下がってのご提案になりますがね。お返事は急ぎませんが、私も気が長い性格ではありませんので、オファーを取り下げさせて頂く可能性もあることをご了承ください」
俊惠は有無を言わさぬ勢いで秋葉社長を黙らせた。
確かに彼の言う通り、この不況の中、あのくらいの損失で済んだのはすべて企業努力の結果。しかし、駆け引きの場は戦場に等しい。買収においては利益追求がすべて。情けは禁物。少しでも利益を引き出せる方向に導くのは当たり前のやり方である。
数日後、オータムグループは和泉グループの提案を受け入れた。
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