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第一章 懺悔
いまはとて 天の羽衣 着る時ぞ 君をあはれと おもひいでぬる
天の羽衣を羽織る今この瞬間に、あなたのことをしみじみと思い出してしまうものね。文字に想いを込めて、不死の薬を残し、かぐや姫はすべてを忘れ、月へと帰って行った。
逢うことも 涙を浮かぶ 我が身には 死なぬ薬 何にかはせむ
もう二度と君に会えないというのに、こぼれ落ちる涙に溺れる私にとって、不死の薬が何になるというのか。悲嘆に暮れる帝は、不死の薬を月に一番近い山の頂で燃やすよう命じた。
天満月、赤い炎は、永い眠りから目覚めたフェニックスのように、雄たけびをあげながら雲を突き破り、冷たい夜空へと立ち昇った。その煙は辺り一面を覆い、山の頂は深い雲海に沈んだ。月は一瞬にして雲煙にまどろみ、光を失った世界はあっという間に暗闇に飲み込まれた。
・・・・・・
「赤染先生、そろそろお願いします」
白衣姿の女性は開いていたドアを軽くノックし、会釈をしてからそう言った。
眺めていた書類を閉じると、桂人(けいと)はカルテを持ち、院長室を出た。部屋の外では研修医が数人、静かに待ち構えていた。
一行は無言のまま、とある病室へと向かった。病室、というよりもリゾートホテルのスイートルーム、と形容した方が正確かもしれない。広い室内に入ると、ガラス張りの窓の向こうに広がる青い空と海に目が奪われる。ピッピッという機械音に合わせるように、空いた窓から波の音がかすかに聞こえる。
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