83:呪い師たちの戦い 2

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83:呪い師たちの戦い 2

「割合はどのくらいですか。自害を選ばない人間の」  僕が問うと、他意はなかったものの、ややピリついた空気が漂った。父は何かを言いたそうにしていたが、あえて口を開かぬまま下を向いていた。 「基本的には、いません」  と鈍色襟紗は言う。「戻りびとたちは皆生前から、二度目の命に自然死がないことを知っています。自我を持たない年端も行かぬ年代の子や、もともと村の外に出ていた人間が野辺送りだけをしに戻って来るなどの例外を除いては、村人の誰もが終わりを意識しながら余生を過ごすことになるのです」 「そうやって孤独に死ぬことがわかっていても、呼び戻す事を選ぶんですね」  僕の言葉に初めて鈍色襟紗は口を噤んだ。  この時も僕はわざと辛辣な言葉をかけたつもりはなかった。だが三神さんを初め信夫も柊木さんも、何となく僕に気を使って口を挟まない代わりに、「おいおいどうした」という驚きに似た感情を目に浮かべていた。 「お前ら、来とったか」  頭上から声が聞こえた。見ると、どろどろに汚れた格好で山の斜面を下りて来る男性が目に入った。高木さんだった。 「お疲れさまです。上で何を?」 「何をもくそもあるか。これ見て分かんねえのか」 「お墓が、大変なことになってますね」 「おうよ」  言いながら高木さんは眉を顰め、「槌岡、全部駄目だった」と首を横に振った。 「やっぱり」  槌岡巡査部長は溜息をつき、「実は」と僕たちにも分かるよう、事情を説明してくれた。  共同墓地は僕たちが立っている山の中腹から上、つまり頂上付近にまでその敷地が広がっているという。高木さんは槌岡巡査部長からの協力要請を受け、墓の様子を見に行っていたのだそうだ。ここで言う新しいとは、小泉鳩子さん、牛尾慶介さん、古井トキさん、そして黒衣の女により血肉を打たれた三名の戻りびとたちの墓である。彼らは全員再びの死を強制させられた人々であり、野辺送りなどの葬儀が行われることはない。本来再びの死を迎える者はこの村の墓に入ることがない、と言ったのは鈍色襟紗だが、此度の一連の事件に巻き込まれて命を落とした人々については村人たちの手によって新たな墓が掘られ、棺に入れて安置されていたという。 「この状態に気付いた時はびっくりしたけどね、ひょっとしてーと思って高木さんにお願いしたんだ」  槌岡巡査部長の言葉に僕は首を捻った。 「ひょっとしてというのは?」 「片っ端から掘り返されてる。単なるいたずらとは考えられんもんね。嫌がらせにしちゃ度が過ぎてるからさ、きっと、探し物があるんだろうってね」 「探し物」 「だから上を見て来てもらったんだ」 「まさか」 「うん、そのまさかだ。オダブツナンマイダに殺された村人たちの遺体が、全部なくなってるらしい。そうだよね、高木さん」 「ああ」  高木さんは首から下げたタオルで顔の汗を拭った。「全員イカれてる。腕一本残されてねえ」 「だが分からないんだよ」  と槌岡巡査部長は言う。「ある意味これも嫌がらせには違いないんだろうが、古井さんや小泉さんを殺した連中がだよ、また彼女らの遺体を攫って何をするつもりなんだろうか」 「それって」  勘の鋭い信夫が反応した。「いわゆる血肉、ってことですよね」 「鈍色、襟紗さん……ですな」  三神さんが彼女を振り返った。「新開のに聞いた話じゃ、当人同士でなくともその、戻りびとか、戻りびとの血肉でさえあれば再びの死を与えられるということらしいが、それは本当なのかね」  すると鈍色襟紗は頭を振って、 「私たちにとっても毒となる、そう申し上げただけです」  と答えた。 「つまり死を与えるわけではない? あくまでも当人同士でしか法則は成り立たない?」 「そうです」 「何が原因だとお考えですか?」 「それは……」 「それを」  と、いきなり僕の父が口を挟んだ。「三神さん、私たちはその答えを追い求め続けて今に至ります。正直に言えば、他の戻りびとの遺体を拝借して、自殺を図ったこともあるんです」 「と……ッ」  父の告白に僕の心臓は跳ね、信夫と柊木さんは見てはならぬものを見たような顔で僕から視線を外した。 「ですが、やはり無駄でした」  と父は続けた。「受け継がれて来た村の儀式やその効果については、五代目飯綱瑞兆であるアヤメさんの知恵を借り、そして……正式な名称は廃れてしまったようですが、私たちが『六度(ろくど)』と呼ぶ例の桐箱についても学びました。ただ、何故この儀式によって死者が甦るのか、何故戻りびとの血肉が再びの死を与えてくれるのか、その秘密については分からないままなんです」  三神さんは山の斜面を振り返り、大穴が掘られて荒れ果てた墓地を見上げた。 「だがこいつを見る限り、敵さんにはしっかりとした目的があるように思えるな。鈍色さん。あんたの血肉でもある住友周は、双蛇村の野辺送りについて色々と知っているようだね」 「おそらくは」  鈍色襟紗は頷く。「最初から知っているものと」 「だがあなたはご存知ない?」 「私はそもそもがイレギュラーな存在ですから」  そう答えて鈍色襟紗は悲し気に微笑むも、三神さんもこの僕も、そして信夫も柊木さんも、決して釣られて笑い返すことは出来なかった。 「六度、というのは?」  柊木さんが尋ねると、 「野辺送りの儀式について、皆さん知識をお持ちですか?」  そう父は答えた。「三度周りと言いまして、一般的な土葬では納棺の際に棺を三回ぐるぐると回すんです。これには、という意味があるわけなんですが、双蛇村の野辺送りではこれを迎え打つ。時計周りに九十度棺を回転させ、それをそのまま逆回転させる。三度周りを逆方向に三度返す。つまり六度周りの、六度です。ちなみに棺でこれをやるには大変な労力が必要ですから、死者を呼び戻す儀式には必要不可欠な、あの桐箱を回して棺の代わりとしました。その為、あれを『六度』と呼ぶようになったんだそうです」  僕たちが開けると死ぬ箱と呼んだ桐製の骨箱には、双蛇村での正式な呼び名が存在した。『六度』。だがそれが分かった所で、だから何なのだ、程度にしか感じられなかった。所が、 「ううん」  三神さんが唸った。気のせいかもしれないが、その声にはやや怒りが滲んでいるようにも聞こえた。三神さんは三度(みたび)山の斜面を見上げると、やがて僕を見た。 「新開の、何か感じんかね」 「え」  僕は周囲を見渡し、何者かの気配に身構えた。 「そうではない。今ワシらの周辺で起きている事象をひとつひとつ繋げて見た時、どうにもしっくりこんのだよ、違和感だらけだ」 「違和感」 「うむ。高木さん」 「何だ」  つまらなそうに僕たちのやり取りを見ていた高木さんは、近場の岩に背を預けて休んでいた。「墓の埋め直しなんか絶対にやらないぞ」 「いや、結構、そういう話じゃない。槌岡さん、あんたにも聞いておきたいんだがね」 「はあ」  槌岡巡査部長は返事をしながら高木さんの側へ行って、腰から下げていた水筒を彼に手渡してやった。 「この村には神社があるな?」  と三神さんが問う。 「ありますよ。あるもなにも、一緒に訪れたばかりじゃないですか」  と槌岡巡査部長は答えた。 「ああ。名井神社だ。寺ではない、神社、だ」 「……はあ」 「もともと土葬という葬法自体が神道の出なんだ。日本においては仏教での葬法を火葬、神道での葬儀が土葬であると分けて考えてもよい。むろん大昔の話に限るが」 「はあ」  力なく頷く槌岡巡査部長の横で、高木さんはぐびぐびと水筒の水を飲んだ。とそこへ、 「あ、その水ん中には土が入っとるぞ」  三神さんが言うや否や、高木さんが口に含んだ水を盛大に吐いた。 「というのは噓なんだが」 「おい!勿体ないだろうが!」 「あんたぐらい頑丈な人が飲み水にちょっとばかし土埃が入ってた所でどうということもあるまい」 「そういう問題じゃねえだろ、気持ち悪いだろうが!」 「そう、」  ビリ、と空気が張りつめた。 「なんだ?」  と高木さんも反応を示した。  いつの間にやら、三神流の(まじな)いが始まっていたらしい。 「周りを見れば掘り返された墓ばかり。ワシはただと言っただけで、この山のとも墓場のとも言っていない。だが人は置かれた環境に左右されて思考が制限を受ける。つまり高木さんは自分の口の中に墓場の土が入り込んだと思うたばかりかそれを……と表現した。墓は墓、土は土だよ。だが人間の感性はそれらを混同して忌避する。これが、死穢(しえ)だ」 「し、え」  憑かれたように三神さんを見つめる高木さんの手元から、水筒の水がだらだらと零れ出ていた。 「左様。人の死に纏わる穢れのことを言う。土葬の起こりとは本来この死穢を人々の目から覆い隠す為に始まったものなのだ。見たくない、遠ざけたい、無かったことにしたい、だから埋めた。ところが時代とともに様々な理由から葬法は土葬から火葬へと移り変わっていく。それは神道とて同じであり、現代では土葬など殆ど執り行われない。今じゃあ仏教だろうが神道だろうが九分九厘人は死んだら荼毘に付される。ただし、宗教観の違いだけはいかんともしがたい。死生観と言うてもいいが、そもそも神道では」  ビリリ、と空気が張りつめる。 「絶対に、生き返らない。それは何故か。人が死んだらその者はどこへも行かずに家を守る存在と成るからだ。生き返って欲しいなどとは考えないしその発想さえない。生まれ返り……つまり輪廻を受け入れているのは仏教だけであり、それとて火葬後、徳を積んだ者だけが別の人生を歩み直すという、転生を指している。この流れをぎゅぎゅぎゅと縮めて戻りびとに見立てることも可能と言えば可能だが、そもそもこの村では死者を焼かぬし、転生もさせない。何じゃいこれは。何がしたい?」 「何って」 「三度周り?六度周り?生前と同じ姿で呼び戻す?それは誰がどのように?」 「い、いや」 「ふふん、何ぞそれらしい儀式を行い、いかにも古式ゆかしい伝承と嘯いてはいるもんのその実……埋めがたい溝が深く刻まれたまま、死生観に大きなズレがあるのははたまたどうしてかな?」  三神さんの鋭い眼光が高木さんを見た。 「暴かれた墓を全部回って死体がないことを確認したんだね?」 「し、した」  三神さんの目が鈍色襟紗を射抜いた。 「決定的な死は与えられずとも毒素足り得るというのは誠か?」 「は、はい」 「新開の。ならば答えは出ているぞ」  ――― 答えが、出ている? 「この村の死者を生き返らせているのは野辺送りによる儀式の効果なんかではないよ。この山が内包している、だ」 「無限の、霊力」 「それが答えさ、死なずの呪いだよ。西荻のお嬢に出来るのだ、七永にやれん筈がないではないか」 「まさか。そんな」 「ぎ……ッ」  ――― 儀式は本物です! 「ほう」  まるで人格を否定されたかのような勢いで叫んだ鈍色襟紗に対し、三神さんは睨め上げるような角度で見つめた。 「なぜそう言い切れるのかな?」 「この目で何度も見たからです。新開さんそうですよね!?」  突然彼女の口から新開の名が出て驚いたが、鈍色襟紗の色のない目は父柾目をすがるように見ていた。 「あ、ああ。三神さん、僭越ながら私も自分の目で何度となく儀式を見て来ました。そして実際、死者が甦るんです」 「それは確かに」  と信夫が同意した。K病院に運ばれた上杉奉禅と陣之内萌の両名からも、西田家で起きた超事象の目撃証言を聞いている。確かに死者は蘇る、父の言葉に噓はなかった。 「ああ、それはいいんだ」  三神さんはあっさりと頷いた。「ワシもそこを否定してるわけじゃない」 「でも!」 「鈍色さん」 「死者をただこの山のどこでもいい、どこかに埋めされすれば死んだ人間が甦る、この村を作った黒井七永の霊力によって何人でも死者が生き返るって、あなたはそう仰りたいわけでしょう!?」 「そうだ」 「そ……ッ!」  二人のやりとりを側で聞きながら、柊木さんが僕の反応を伺っているのが分かった。僕の意見を知りたいのだろう。だが、これは三神三歳流の(まじな)いである。僕が口を挟む場面ではないのだ。 「あんたは何故そんなに焦っているのかね」  と三神さんが鈍色襟紗に問うた。 「焦ってなどいません」 「この村の事や蘇りについて、新開柾目殿と一緒に調査を行っておったのだろう」 「そうです」 「なら何故真実を受け入れようとせんのだ?」 「し、真実かどうかわからないじゃありませんか!」 「何故?」 「何故って、突然やって来たあなたがひと言こうだと言ったからって、はいそれが真実ですなんて受け入れることなど出来ません!じゃあ私たちが調査を続けて来たこの何十年という月日は一体何だったんですか!」 「ワシには関係のない話だ」  三神さんの言葉に信夫が肩をすくめた。高木さんなどはただ茫然と二人を見ていたが、側に立つ槌岡巡査部長は公僕として諍いの仲裁に入るベきかで逡巡している様子だった。
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