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「ふぃぃぃ……」
お洋服とお手拭きタオル、それからおパンツ。
朝からずっと洗ってたお洗濯物を全部干し終えて、あたしはすぐそばの切り株に座る。
そうすると、森の木と木の間を風がひゅんと通り抜けて、あたしの黒い髪と黒いワンピースと黒いしっぽをゆらゆらと動かした。
「……」
ここは静かで、爽やかで、森の匂いがする、とってもいい場所。
「……」
でも、寂しい。
この静かな森には、あたししかいない。
あたしが見ている先には、物干し竿に干されてゆらゆらしているお洗濯物と、その隣にあたしだけが住んでる寂しそうな小屋がある。
魔界を出て、ここにきて……もう何日も、誰とも話してない。
「はぁ……」
森の中に、あたしの声が溶けていく。
「誰か、来てくれないかな……」
なんて、頭に浮かんだことを曇ってるお空に向かって言ってみる。
「……ん?」
そうしたら、びっくりすることが起きた。
灰色の空の、ずっとずっと上の方に、何かが見える。
「あああああぁぁぁぁぁ!」
それはすごい声を出しながら、勢いよくあたしの小屋に真っ直ぐ落ちた。
バァーン! と、すごい音がして、周りに砂埃が飛ぶ。
「けほっ、けほっ……」
苦しい咳をしながら、あたしは背中に生えた小さな黒い羽をパタパタさせて、周りの砂埃を吹き飛ばす。
そうしたら、周りが見えるようになって、小屋の方から何かが歩いてくるのが見えた。
「いっっったぁぁぁぁぁ……」
白い服を着たその子は、ボサボサになった白い髪に小屋の破片をいっぱい突き刺したままこっちに向かってくる。
「結構痛いな、これ」
「いや、すごく痛いと思うんだけど……」
つい思ったことを言ってしまった。
「ん? 君は?」
こどものあたしと同じくらいの身長のその女の子は、平気な感じでそう言った。
「わ、私は……。ここで暮らしてる『ヴァンパイア』なんだけど……」
「な、なんと! 魔界ではなく地上界で暮らすヴァンパイアとは珍しいな!」
すごく高いところから落ちてきたのに、その子は口元から八重歯を見せながらすごく元気な感じで驚いている。
「……見たところ家らしきものはないが、近くに小屋でもあるのか?」
女の子は不思議そうに周りを見ている。
本当に、なんなんだろうこの子は。
「今あなたが落ちてきて壊したあの小屋に住んでたんだけど……」
「な、なんですと!?」
あたしが指を差してそう言うと、その子はぎょっと驚いて後ろを振り返った。
女の子は、ボロボロになったあたしの小屋と、一応無事だった物干し竿を見る。
「そ、それは……申し訳ない……」
さっきまでとは変わって、すごく悲しそうに話す変な八重歯の女の子。
「私は今さっき天界を追放されてしまってな、そのまま地上界に落ちてくるしかなかったのだ……。許してほしい……」
悪いことをしたこどもがお母さんに謝るときみたいに、女の子は小さな声であたしにそう言った。今も小屋の破片は突き刺さっている。
そんなことよりも、あたしは気になることがある。
「天界? あなた、もしかして『天使』なの?」
「ああ、そうだとも」
あたしが聞くと、その子は嬉しそうに答えた。
「へぇ〜」
「ふふん。何を隠そう……私は、偉大なる女神様に仕える清く正しい、それでいて可愛い天使なのだよ!」
「……」
この天使、うるさい。
「追放されたんでしょ? じゃあ清くも正しくもないよね?」
「ぐっ……。それを言われると耳が痛い……」
痛がるのは耳じゃなくて体の全部だと思うんだけど……。まだ刺さってるし。
あたしがじっと見つめていると、追放された天使の子は八重歯を覗かせながら恥ずかしそうに話を始める。
「実はな……私は生まれつき、翼を持っていないのだ……」
そう言われてその子の背中を見てみても、確かに翼はなかった。
普通だったら、天使には真っ白なフカフカの翼があるはずなのに。
「幼いから生えていないだけかと思っていたが、成長しても一向に生えて来なくてな、ついに『翼を持たぬ天使などいらぬ』と言われてしまって……」
「それで、あたしの小屋を壊した、と言うわけですか」
「うぐっ……」
天使の子は苦しそうに胸のところを両手で押さえている。
でもすぐに立ち直ったみたいで、なんでもなかったみたいにしてあたしに話しかけてきた。
「そう言う君は、なぜ魔界ではなく地上界へ?」
「……」
ちょっと言いたくなかったけど、別に隠すことでもない。
「あたしには……牙が、ないんです……」
「ほぉ?」
下を見るあたしに、天使の子が近づいてくる。
「な、なに……?」
あたしに構わずに、その子はすごくいい匂いをさせながら近づいてくる。
一体、なにをする気な……。
「グェッ!」
いきなり両手で口をギュッてされて、あたしは変な声が出た。
「あー、ほんとだ。牙ないね」
「っ……! っっっ……!」
あたしが黒い翼をバタバタさせても、黒い尻尾をブンブンしても、八重歯の天使は全然離してくれない。
本当に、なんなんだろうこいつは。
「っはぁぁぁ……」
満足したのか、そいつはやっと手を離してくれた。
「なるほど。つまり私と同じような経緯(いきさつ)で魔界を追放されてしまった、と言うわけなのだな?」
「……」
八重歯を見せながらわかったように言ってるけど、あたしは答えてあげない。
まぁ、全部合ってるんだけど……。
牙のないヴァンパイアは要らないって、言われたけど……。
けど、こんな変なのと一緒なんて、絶対に認めたくない。
「そうかそうか。一人で寂しかったよな。よ〜しよし」
白い髪にたくさん突き刺したまま、こいつはあたしの黒い髪をなでなでしてくる。
「……」
こいつ、うざい。
「あ! じゃあこうしよう!」
あたしが落ち着くよりも先に、そいつは両手をポンってやって何かを思いつく。
「私と君で手を組んで、それぞれの世界に復讐するんだ」
「ふ、ふく……!?」
可愛い見た目からは考えられない怖い言葉が出てきて、思わずびっくりする。
「ああ。牙と翼のない私たちは、一人だと無力かもしれないが、手を組めばそれぞれがそれぞれの世界に帰ることができるはずだ。うん。二人で一つ。いわゆる『Win–Win』ってやつだな。これでみんな幸せだ。私って天才だな」
なにが天才なの? ばかなの? まじでなんなのこいつ。
あたしたちこどもにそんなことできるわけない。
「そんな無茶な……」
「確かに、いくらんなでもすぐにこれは無茶だな」
流石にこいつでもわかってくれたみたいで、ちょっと一安心。
「では、私はしばらくここで君と共に過ごすことにしよう」
聞いちゃいけないことが聞こえた気がした。
「え?」
あたしと、こいつが、一緒に暮らすって?
「十分に英気を養って、ちゃんと大人まで育ったら復讐に行くとしよう」
「あ、あの……?」
「それまではよろしく頼む。あ、ちなみに私は家事なんて一つもできないからな。美味しいご飯待ってるぞ」
「……」
「では、私は落ちてきて疲れたから寝るとしよう」
好き勝手に話を終わらせた後、こいつはその場に倒れて眠り始めた。
もちろん、突き刺さったままで。
「はぁ……」
すごく疲れた。
話すだけでこんなに疲れたのはいつ以来だろうか。
あたしたちが大人になるまでこれが続くなんて……。
「……」
でも、寂しくはない。
ちょっとだけ、楽しいかもしれなくもない。
これなら、こいつとの生活も、悪くはなくもなくもなくも……。
「君は、可愛い白のパンツを履くんだな」
いきなり地面から声がした。
「っ!?」
私は思わず両手で自分のスカートを押さえ込んだ。
「おやおや、耳まで真っ赤じゃないか。それにしっぽまでブンブン回して、そんなに恥ずかしがることでもないだろう」
「っ……」
「しかし、辺りには誰もいないようだし、こんな可愛い子に好き放題イタズラできるなんて、これなら追放も悪くないな」
「……」
こいつ、嫌い。
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