6715人が本棚に入れています
本棚に追加
何度も消去を試みてボロボロにすり切れた記憶の中で、確か彼はみんなの注意が他に逸れている時に言ったように思う。だからその合コンで私が誰とも進展がなかったのは彼が悪いわけではないことは正直に認める。
それ以降、私は学問だけでなくファッションやヘアメイクも努力して野暮ったい自分を脱ぎ捨てた。パッドも捨て、胸を盛ることはやめた。あの痛すぎる記憶に繋がるものを必死で排除したのだ。
なのに数年後、今度こそ新しい私になるのよと張り切って入社した菱沼ホールディングスで、まさかの相手と再会してしまったのだった。
普通なら合コンで一度顔を合わせた程度の相手なんて覚えていないだろう。
ところが初めてまともに顔を合わせた時、彼の視線が私の顔で止まり、一瞬だけ胸に向けられた。そこで何かを思い出したように彼の唇の端がピクリと震えたのを私は見逃さなかった。
以来、逆恨みだとはわかっているけれど、私は彼と出くわす度に大声で叫んで逃げ出したくなる。
でもそんな悪夢ももうじき終わる。海外赴任すればもう北条怜二の顔を見なくて済むのだから。
忌まわしい記憶をシャットアウトし、澄まして一礼した。
「よろしくお願いいたします」
「どうぞ、おかけください」
楕円形の大きなテーブルを挟み、彼の正面に腰かける。
最初のコメントを投稿しよう!