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「はみ出てます」
「…………」
かれこれ十年前にもこの声で聞いた、このセリフ。
私の手が反射的に左胸を押さえたのと、彼が言葉を続けたのは同時だった。
「口紅が」
間抜けなことにインナーのカップがペコンとへこみ、またペコンと戻った。どうして確かめたの、今は詰め物してないのに。
ペコンに気づいたかどうかは知らないけれど、私が胸を押さえたのを見て北条怜二の口元がひくついた。
「……失礼」
顔を背けた彼の一言に私の顔が火を噴いた。
何が〝失礼〟よ、わざと倒置でゆっくり言ったくせに!
でもリップの指摘は自覚があって、耳が痛かった。
「これは、はみ出してるんじゃなくて」
どうして私は美容雑誌で見たアヒル口メイクなんかを試してみようと思ったのだろう?
加減がわからなくなって、確かにちょっとやりすぎた気はしていた。だってあの女優さんみたいな甘ったるい顔に少しでも近づけたらいいなって──土台の差も考えず憧れたらこうなっただけだ。
「は、はみ出してるんじゃなくて……」
空いている方の手で口元を隠し、真っ赤な顔で言い訳を探す。
「──失礼いたしますっ!」
でも結局何も思いつかなかった私は強引にその場を撤収するしかなかった。
轟音とともにドアを閉め、怒り泣きのような気分で凱旋門と金髪エリートが微笑む廊下を逃走する。別に逃げなくたって彼には追ってくる暇も、その気もないこともわかっているけれど。
女子トイレまで来ると、私は一滴だけ滲んだ涙とリップを拭った。
みっともなくたって気にするもんか。
どうせ左遷されたんだから。
二度とあの男に会うことはないんだから──。
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