毒飲姫

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毒飲姫

「おえ……っ」  天井の高い食堂に、少女が嘔吐する声が響く。侍女が差し出した陶製のボウルに顔をうずめ、王女エミーラは胃を焼くような毒を吐き出した。 「ヴェネトリウム系毒の耐性が、まだ弱いですね」  床に伏して上下する小さな背中を見下ろし、教育係が羊皮紙にペンを走らせる。その足元にはエミーラが落とした銀のスプーンが転がり、ツヤのある床板に染みを作っていた。 「スープに毒が仕込んであったんです。口に入れたときに、少し舌が痺れたでしょう? それに気づけるようにならなくてはいけません。ヴェネトリウムはまだ解毒剤が発見されていないのですから」 「げほっ、うぇ……っ」 「エミーラ様、少し落ち着かれたらお部屋にお戻りください。侍医(じい)を向かわせます」  教育係がそう告げると、エミーラは床に手をついたまま、涙と涎に濡れた顔を上げた。 「また、一日中お水を飲まされて、吐かされるのね」 「胃を洗浄する必要がございますので」 「お食事なんて、大嫌いよ……おぇ……っ」  再びボウルを引き寄せたエミーラの背中を、侍女がさする。教育係は二人を見下ろし、「お分かりだと存じますが」と無表情で告げた。 「王位継承者にとっての食事とは、愉悦のためにあるのではありません。会食のマナーを身につけ、食材や料理について知見を深め、そして何より、あらゆる毒に耐性をもつ頑健な肉体を育成するためのものです」
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