煙草

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煙草 私はあなたの彼女ではない。 あなたが私の家に来て、初めてあなたに体を許してしまった後、あなたは「吸っていい?」と言いながら煙草を取り出し、ベランダに出た。私は喫煙者ではなかったけれど、隣で煙草を吸うあなたを眺めていた。冬が近づいているから外は寒かった。裸の枯れ木が一本寂しそうに立っていた。あなたが吐き出す紫煙はとても美しく、私は官能的な魅力を感じた。それから、あなたは私の家に来ると決まってベランダに出て煙草を吸った。たまに一口吸わせてもらったけれど、ただ噎せて咳き込むだけで、あなたのように上手に煙をくゆらすことはできなかった。それを見て笑うあなたに恋をしていなかった、と言ったら嘘になるかもしれない。でも私からそれを伝えることは無かったし、伝えられることも無かった。 誕生日に渡そうと思って私はあなたが欲しがっていたZIPPOを買った。あなたの喜ぶ顔を見るのが待ち遠しかった。だけど、もうあなたから連絡が来ることは無かった。私はあなたの彼女ではなかった。あなたの楽しそうなくしゃくしゃな笑顔を見ることはできなくなった。 いつからか私は煙草を吸うようになった。どうしてか自分でもよく分からないけれど、たぶんあなたのせいだと思う。火をつけるときは渡そうとしていたZIPPOを使った。お揃いのマフラー、お揃いのピアス、あなたが詰まっているものは片っ端から捨てた。でも、ZIPPOだけは捨てられなかった。勿体ないという気持ちもあったのかもしれない。それ以上にまだどこかであなたに会えることを期待してたのだと思う。煙草の煙を上手に吐けるようになった。あなたに近づけた気がして嬉しかった。冬風にたなびく煙を眺めている玉響(たまゆら)、あなたの笑顔が見えた、煙草を咥えた横顔が見えた。気づいたら涙が落ちてきた。泣いてもあなたに会えるわけではないのは分かっていた。涙と紫煙で周りが見えにくくなるだけ。幻が濃くなるばかり。冬の冷たさ、無限に広がる真っ白な雪はまるで私の心のようだった。 あなたの話を友達にすると「なんでそんな男なんか好きになったのさ」と言われる。そんな時私は「冬だったからかな」と答える。 今ではもう煙草を吸ってもあなたを見ることは無い。そして、私は恋なんかしていなかった、あれは不思議な恋愛に似た思慕(エロス)だったと、そう思っている。ベランダで私は煙をくゆらす。もっと勢い良く吐いてやろうと思って、大きく吸った瞬間、咳き込んでしまった。それがやけに滑稽に感じて私は思わず一人で吹き出した。陽の光は暖かく、裸だったあの木には白いコブシの花が咲いていた。 冷たい冬が終わり季節はもう春だった。
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