2匹の猫

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2匹の猫

輪廻転生って本当にあるのかな? 『理くん?あのね……圭太……ケイタ、死んじゃったの……!!』 その電話は朝5時にかかってきた。 冬のとても寒い日だった。 「死んだ……?」 『そう、そう。ごめんね……』 電話口からは、圭太のお母さんが必死に絞り出す声が途切れ途切れに漏れている。 『まだ学校の子にはね、言えないんだけど。理くん、うちの子にすごく良くしてくれたから……あなたにだけは伝えなきゃって思って……』 「なんて……言ったらいいのか、お悔やみ申し上げます…」 『うん。うん。ダメだったぁ。私がもっと強く産んであげられれば……うっ…、』 『理くん、迷惑かけるね。』 「残念です。僕のほうも、ちょっと整理がつかないというか…。少し時間が欲しいです」 『私たちもだよ。あっという間だったんだ。今まで苦しんでたのが嘘みたいだった……すまない。私も泣きそうだ。』 「僕もちょっと…考えます。はい。失礼します。」 受話器を置く。 「なんだって?」 「圭太、死んだって」 「うそっ……」 「たぶん、葬式に行くと思う。着るもの……着るものって、何着てけばいいんだ?」 「あんた、そんなこと考えてる場合じゃないでしょ」 「うん。うん、わかってるんだけど、色んな部分がついてこれてなくて」 「とりあえず、寝れないかもしれないけど、今日はお母さんの隣に布団敷いて寝よう。体は大事にしないと。」 「わかった。準備する。」 圭太は、親友だった。 高校生になってからつるむようになったけど、感覚的には兄弟みたいな。 だけど、体育の授業はいつも見学してた。 圭太は真っ白くて細っこい体で、薄い身体を太陽の光から守るみたいにちぢこめて、不機嫌そうな顔でみんなが体育するの見てた。 授業が終わると一番に圭太に駆け寄っていく俺を見て、圭太は一瞬笑顔になる。 あれがもう見られない世界線があるなんて考えてもみなかった。 つまりのところ、俺は圭太の病気のことをあんまりよく知らなかったんだ。 まあよく風邪はひくやつだったし、病院通いが絶えないのは知ってたけど、その原因が心臓にあるっていうこと、俺はそこまで重いことって考えてなくて。 だって、ガンじゃないんでしょ? 生まれつき、ってことは、今までだってそれでも生きてこれたってことでしょ? とにかく高校生の俺には、圭太が病気とか、そんなの関係なくて。 とにかく圭太は外を見る度になんかつまんなそうな顔してるから、マックに連れて行ったり、中古の古着屋連れ回って、細っこい圭太で試着のモデルショーなんてやって。 顔もいいし、体も肉ついてないから、どんなに細い服でも入った。 うらやまー、なんて言いながら、楽しかった。 ふと、目が開く。 冬の寒い寒い日だった。 暖房入れてガッツリあったかくして眠りについたはずだったのに、何か設定を間違ったのかな?それとも寝てる間にボタンを押した?部屋は10度あるかないかっていうぐらい、凄く寒くなっていた。 「やばい、これ……」 それにしても、体は冷えきっていない。たぶん寒くて起きたんだ。早めに気付いて良かった。 枕元においてある水色の時計を見ると、午前3時。 変な時間に起きてしまった。また寝るにしても、1回トイレに行っておこう。 布団から出て部屋のドアの取っ手に手をかけると、部屋の温度に同調して、金属が冷たくなっている。 「ううっ、つめてー」 ガチャリとドアが開く。 はずだった。 「あれ?開かねえ……」 鍵の部分を確認しても、ロックすれば横になるはずの部分はきちんと縦になっていて。 「この寒さで凍ったとかねぇよな…?」 とにかく開かない。 待て、これってホラーか? すくみ上がった体はもうこの部屋を出ることしか考えていなくて。 ドアノブを乱暴に揺すると、ドアが開いた! 急いで部屋から出る。 外から誰かが押さえていた訳でもない、という確信もないので、一応狭い1人暮らしの家の中を見て回る。 このアパートは、部外者が無理やり鍵を開けた場合、セキュリティが反応するようになっている。 きちんと鍵をかける習慣はあるから、今日も施錠はしたはずだ。 金庫も確認する。押し入れの奥にきちんと鎮座していた。ありがたや。 トイレして戻ると、部屋は過剰なぐらいに暖かくなっていた。 寒い中起きた体にはそれがちょうど良くて、ついでに電気毛布もつけて眠った。 ふと、目を覚ます。 頭元の時計を見ると、午前3時50分。 おかしい。さっき寝てから、まだ30分も経ってない。 急いでリビングに出る。やっぱり誰もいない。 体調が変なのかと思って、一応熱を測ってみた。 おもいっきり平熱だった。 少しカーテンを開けて部屋の外を見ると、白く雪が降り始めていた。 まだ積もってはいなかった。 狭いベランダに雪が侵入してくる。風に乗って。 白いな。圭太みたい。 見ていて、気づいた。 そうだ、今日圭太の命日だ。 カレンダーで確認すると、ちゃんと今日がその日だった。 大学やバイトに明け暮れて、次は就職だなんて考えて、圭太の命日すら忘れてた。 恩知らずだなぁ、俺は。 高校時代、あいつがいたから楽しかったのに。 圭太が死んでから、タイミングもあったんだろうけど、すぐにみんな受験だって言い始めて。 俺は、圭太と一緒に国立大入るって言ってたから、必死で勉強して、入ったけど。 国立大に入っても、圭太は横にいなくて。 気づいたらそんなこと覚えてなくても平気って感じで、友達もできてきて。 文化祭とかやって。売り上げとか本気になって。 サークルの仲間内で、ウブなやつの恋愛応援したりして。 ヒューヒューって盛り上がって、その間、圭太のこと忘れてて。 だんだん圭太のことが頭にない時間の方が多くなってて。 でもなんか、それって楽だなぁって、思ったりして。 カーテンを閉めた。 もう寝よう。 寝室のドアを開ける。 「よっ」 声が、出なかった。 そこにはいた。 圭太がいた。 圭太が俺の布団の上であぐらかいて、片手あげて、 「よっ」 って、してた。 「ごめんねー、死んじゃって。」 声が出ない代わりに腰が抜けた。 俺はストンと縦方向、美しい直線で落ち、座り込んだ。 「圭太だよ。覚えてる?覚えてなかったら祟ってやる。」 「おっ、おっ、」 「笑ける!あんなに近くで顔見てたのに、忘れた?」 「け、いた、?う、え?本物の圭太?」 「モノホンだよ。ウソモンではない。」 「じゃあ、何、よみがえったってこと?命日だから?」 「あっ。嬉しい。覚えてくれてたんだ」 「いや、さっき外見てたらなんか、今日圭太死んだ日だなーって思って」 「雪降ってるよね。チョー寒そう」 「え、マジで?幽霊でしょ?」 「幽霊……ではないよ」 「でも、死んだよね?」 「まぁ、死んだんだけど。今日はそれはどうでもいいことで。」 「いや、別にどうでもいいことじゃねぇし。えっ何で?だって俺の部屋に入れるってことは人間じゃないじゃん!」 「だからもうそれも今はどうでもいいの!早くこっち来て!せっかく部屋あったかくなったんだから」 「ちょ、まて。腰が立たない。」 「嘘でしょー……運べって?俺まじもんの病弱なんだけど」 その「ぐでー」っていう感じの。 圭太の細っこくて白い体でまた見られるとは思ってなくて。 俺、どっかの線が切れたのかな?変にハイになって、大声で笑っちゃったんだ。 「ご近所迷惑になる!」って、圭太に止められたけど。 なんとか布団まで圭太の力を借りながら這いずって行って、圭太がまるで家主のようにナチュラルに、俺の部屋のドアを閉めた。 「最近どうよ」 「ああ…うん。入った。大学。国立。」 「やべー。マジで入ったんだ。ヤバくね?俺、あれシャレで言ったつもりだったんだけど」 「は?俺まじで入るの大変だったんだけど」 「うまくやってんの?」 「まぁね。友達もできたし、文化祭とか、サークルも楽しかったし。まぁ、次就活だけどな」 圭太が「就活なー」っていいながら、爪をいじる。 そう。この癖も変わってない。 人の話聞いてないみたいだからやめろって先生から死ぬほど言われてたけど、本人が決して曲げなかったこの癖も変わってない。 「ってか、お前さ、シャレ無しで聞くけども。輪廻転生ってあんの?」 そう聞くと、圭太は困ったように唸る。 「まぁ、ないとは言えないんだけど……成仏ってわかるよね?あれができて、本人が納得してないと次のステージには進めないって感じなのよ。」 「じゃあ、お前まだ何か納得してないってこと?」 「うわーするどーい。さとるくん、するどーい」 「なになに。聞かせてよ。」 「うーん……まだ、言えないかなぁ。」 ふと、目が開く。 枕元の時計は、午前3時を指している。 「……変な夢見ちゃった……」 「夢じゃないよ」 圭太が隣で眠っていた。ちゃっかり布団に入っている。 「でも、時間…逆戻りして……」 「俺がいる時点で、時間が逆戻りすることってそんなにおかしいこと?」 「たしかに……デモ、おかしくはないかもしれないけど…、おかしいっていうか…」 俺は眠気眼を擦って、その右手でするりと圭太の腕、素肌に触れた。 「なんでお前こんな冬にTシャツなの?」 「冬寒いじゃん。嫌いなんだよ。」 「……答えになってねぇ。」 「夏が好きだからTシャツ着てんの」 「…まあ、お前筋肉なかったもんな。」 「そそ。」 ついでと思って、首筋にも触れてみる。 ああ、生きてる時の圭太の首筋の温度とまるで同じだ。 平熱がすごく低くて、あいつ、筋肉もないから。体がいっつも、人より冷たかったんだよなぁ。 「理はさ、本当のこと知りたい派?」 「……どゆこと?」 「……例えばさ。理が彼女と別れました。別れた時に、彼女側は性格が合わないからって言ったけど、本当は、彼女は浮気してました。だけどその事実を理は知りません。理は別れた原因が浮気だってことを知りたい?」 「何それ。お前そんなこと聞くやつだったっけ?」 「いいじゃん、教えろよ。」 圭太は勝手に暖房のリモコンをポチポチやって設定温度を上げた。 もう蒸し暑いぐらい暑いのに。 だけど、服を脱ぐ気にはならない。 「俺は…知りたい派かな。」 「へー。どうして」 「だってさ、原因がわかんなかったら、同じこと繰り返しちゃうと思うんだよ。もし今後誰かと付き合うっていうことになった時に、もしね、俺が素っ気ないとか、そういう理由で彼女が浮気したんだったら、もう同じような失敗したくないじゃん?」 「うわぁ。キモ。キモみが深い。」 「聞いてきたのお前だろ!」 「まあ、そうね。俺も知りたいかな。」 「どーして。そっちの言い分も聞いてやろうじゃないの?」 「だって、知らないまま忘れられるのって、俺がいなかったことと同じでしょ?どんなに彼女のことが好きでも、本当のことを知らないまま好きでいるんだったら、その子じゃなくてもいいよね?」 「……深い。さすが、死んだことのあるやつの言うことは違うね。」 2人でニヤリして笑った。 その後、だんだん笑いが大きくなって、肩叩き合いながら笑った。 しょうもねえの。 なんだかまた、目が覚めた。 時間は朝の5時だった。 これぐらいしか寝れなくてもしょうがねえか。 諦めて布団から出てドアを開けようとすると、初めに見た夢と同じように、開かなかった。 「あんたって本当にバカだねぇ。」 後からかかってきた声に、一瞬で振り向く。 「本当に心臓病で死んだって思い込んでるんだもんねぇ」 それは、圭太のお母さんだった。 圭太のお母さんが、手に大きめの包丁を持って、ユラリと近づいてくる。 「あなたが一番近くにいたの。あの時、圭太の一番近くにいたのは母親の私でもない。あなただった。なのに気づかないのね。あなたが気づいて、あなたが圭太から離れてくれたら……あの子、頭が良かった。少し体が悪くても、やっていけたはず。黙認してたのは圭太のためよ。あなたのためじゃない。あなたに一番に電話をかけたのも、あなたのためじゃない。あなたのためじゃない!!」 体の時が止まった。 胸に突き刺さった包丁が、抜かれ、また刺された。 それの繰り返し。 「リピートアフターミー。俺は大丈夫です。セイっ!」 「俺は大丈夫です。って、なにこれ?」 「お前が病院で起きた時に発する第1声の練習。」 「はぁ。」 「……本当にごめん。うちの母さんが……」 「いいんだよ。何となく分かってた。」 「…そう、か。」 「自殺だったんだろ。」 「……うん」 「じゃあ、納得のいってないことって何?」 「……理はさ、死んだら……死んだ後に言ったことって、ノーカンにしてくれる?」 「無理。」 「じゃあ、言わん!」 「でも、本当のことを知ることができなければ、お前じゃなくてもいい。」 「……最悪。」 「愛してたんだ、さとるくんを。」 キスが、ひとつ。 あったけーのな、唇…。 目を閉じた。 朝、目が覚めた。 枕元の時計がジリジリ鳴っている。 寒い寒い冬の朝だった。 リビングのカーテンをガシャガシャと開けると、薄く雪が降り積もっていた。 でも、この天気なら夜までには溶けてしまうだろう。 「まぁ、圭太。元気でやれや。」 「おう。お前もな」 「結局、大丈夫って言えなかったなぁ。」 「理さ、次何に生まれ変わるか決めた?」 「えー。しばらくは決めらんないかなぁ。人間ってゴタゴタ多いし。」 「あ、じゃあさ。猫とかどう?」 「猫?野良猫とかになったら嫌じゃん。俺、喧嘩得意じゃないもん。」 「じゃあさ、神様にお願いしてみない?」 「神様に?」 「そ。俺たち結構酷い死に方したから、次の猫生では優し~い、それはそれは優し~人の所に行かせてーって。」 「2人で?」 「そ。2人で!」 「……悪くないかも。」 「だろ?決定?」 「いいよ。お前が一緒ならな。」 「うん。俺も。」 「このこ、かわいー!」 娘のゆいかが指差したのは、真っ黒い子と、真っ白な子猫。 「1匹から黒い子と白い子が産まれるのって、珍しいんですか?」 「そうですねー。猫って1度に複数のオスの親を持つことができるんです。ここらへんややこしいんだけどね。だから確率的には、真っ白と真っ黒って、一緒に出ることあんまないんですけど、可能性がゼロとは言えないんですよねー」 市役所の人が、家主のおばあちゃんの代わりに説明してくれる。 そうか。猫の世界では、浮気が常識なのか。ゆいかがその事実を知るのはいつになるかな……。 「うちも床下で声がした時はびっくりしたけどねー。入れないからさ。もう畳ひっぺがして、床ひっぺがしてってしてさ。でも、あなたみたいな猫好きのところに貰われてくんだったら、この子たち、幸せやわー。」 家主のおばあちゃんが、その2匹をポンポンと手でもって、ゆいかに抱かせた。 「ゆいか、2匹だよ。1匹でもすごいのに、2匹ってもーっとすごいんだよ。お世話一緒に出来る?」 パパが聞くと、「うん!だってこんなにかわいい!」。ゆいか、あんたがいちばん可愛いよ。 みゃーみょー。2匹は鳴きあっていた。 おわり。
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