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遠足の前日に熱を出すとか、学芸会の劇本番の前夜に胃腸炎になるとか、フィクションでお約束の展開のない二十九年間だった。
あと二日で三十歳になる前に、人妻になる前にやっておきたいこと。
「香代子ちゃんとあたしの十五年振りの再会に、乾杯!」
ガラスの表面にぶち当たる炭酸がしゅわしゅわと音を立てる。スパークリングワインが明るくて眩しい。
「ストップ」
「どしたの? トイレならあっちよ」
「違う! でも教えてくれてありがとう」
「どうしちゃったの? ほらほら、運命の再会と、乾いた都会の夜に乾っ杯っ!!」
見つめ返すグリーンのカラコンの瞳には蒙古襞がはっきりと見え、生粋の日本男児の面影を隠しきれない。至近距離だと花嫁修行中の私より肌がきれいで、がっくりする。人妻になる前夜に疚しいことをした罰か。
「いやいや、何か違う!」
アルコールが入ると腹式呼吸発声になるせいで、私の声は間接照明フル活用でムード作りした雑居ビルの一室に響き渡った。
人生初来店のお姉さん達のサロンは、私のような小娘が叫んでも動じない。
「あたしが知ってる香代子ちゃんは、セーラー服姿の慎ましい女子だったのにぃ」
私の頭突きをくらった塩顔美女は平然と微笑む。余裕があって美しい。かつて一途に見つめていた鼻立ちをなぞる。芸術的なメイクを施した下に、学ラン姿の顔が覗く。
婚姻届を出す前日。独身最後の日に、昔好きだった相手に会いに行った。
中学校のバスケットボール部エースで、ハンサムで高い身長が爽やかな寿くんは、寿莉さんになっていた。
彼は彼女になっていた。
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