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「で。香代子ちゃんは、独身のうちに出来ることをしようと脳みそ振り絞った結果、かつての憧れの人に会いに来たと」 「……普通、自分で憧れとか言う?」 「憧れのに会いに来たなんて、乙女ね! ちなみに、普通って当然のように使ってるとツマンナイ中年になるわよ」  最後はドスを聞かせて、初恋の君に付け足された。  お付き合い三年の彼氏・(さとし)と無事に縁談が決まると、私はマラソン大会を完走した心持ちになっていた。  結婚の二文字を出したらハリセンで叩かれるルールを守っているのか、聡は結婚、入籍、marriageエトセトラを頑なに口にしなかった。中性的で吹き出物一つない憎たらしいほど可愛い顔を睨み、こちらは三十代突入前に結婚に漕ぎ着けようと攻撃をしかけた。  題してサブリミナル効果作戦。押されれば引きたくなるのが人の常、太陽と北風だ。 「映画見ようよ、これなんか良さそう」  ベタな恋愛ものは避け、登場わずかで花嫁が死ぬホラー映画を選んだ。  会話も工夫した。音韻が同じ単語を頻繁に使うことによって、聡の無意識下に訴えかけた。 「聡、ここの血痕(けっこん)見てみて!とか」 「香代子ちゃんちょい待ち! 血痕とか怖過ぎ。どんな恋人同士のシチュエーションよ、普通ないでしょそんな場面!」  カウンター席の向こうで元・寿くん、現在・寿莉(じゅり)さんが乗り出してきた。 「えー、普通って使ってるとツマンナイ中年になるんでしょ?」 「うぐぐ。この小娘言うわね」 「小娘って同い年じゃん、三十路間近じゃん。ツマンナイ中年のオッサ……いや、この場合オバサンになるの……?」 「はいはい、お酒が足りないようね」  壁際に並ぶ高そうな酒瓶から一本取り出すと、ジャバジャバと原液のまま私のグラスに注ぎ始める。 「ちょっ、これウイスキー!」 「今夜が独身最後の夜なんでしょ? 飲め飲め、飲んで飲まれちゃいな!」  紺のジャケットを羽織る私と比べ、寿莉さんは白い総レースのワンピースが可憐なのに、これじゃ場末の飲み屋のノリだ。バスケットゴールに向かって必死にドリブルする、爽やかなスポーツ少年の面影はどこにもない。  
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