きて、きて、きて。

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 時間も勿体ない。私は速足で雑木林を抜けた。そして。 「!」  眩しい光が、瞼を突き刺す。裏手の道路に出たのだ。そこの家、というのはどこのことだろう――そう思って正面に目を向けた私は、ぎょっとすることになるのである。 「こ、ここ……!」  それは、つい先日私が取材で訪れたばかりの古城だった。古城、といっても規模は小さなものだが、中世ヨーロッパを想像させる立派な石造りのものだ。場所はここだったっけ、と考えてすぐに気づく。前の時は、電車ではなく友達の車で来たので、ちっとも道を覚えていなかったのである。  立派な鉄製の門の向こうには、大量の黄色い花が群生する庭がある。  この古城は、十数年ほど前に日本にやってきたアボット家とかいうイギリス人一家が、まるまる故郷から移築してきたものなのだとか。しかし五年ほど前に一人娘が死んでしまい、以来バタバタと家族が不審死を遂げて、それ以降遺産相続もうまくいかなかったのかそのまま放置されて廃墟になってしまっているという。噂では、この城の呪ではないかとか、あるいは最初に死んだ一人娘の祟りではないかという話もあったらしく。面白そうだったので、私も友人達と一緒に許可を貰って取材をしたのだが――。 ――え?  門扉に触れた途端、私の頭は冷水を浴びせられたかのように冷静になった。 ――え、え?私……なんでここに来たんだっけ?  此処に来た理由は、待ち合わせをしたからだ。最初はS駅の駅前広場、次はコンビニの前、その次は神社の前で、最後にこの城(家?)の前に。問題は。 ――待って。私……誰と、待ち合わせ、してた?  マリーなんて名前の女の子、知らない。  そんないかにも外国人な名前の友達なんて、大学にはいない。  いや、心当たりがあるとしたら、一人だけ。 ――このお城で、最初に死んだ一家の一人娘。名前は確か、マリー・アボット……。  全身を、ぐっしょりと冷たい汗が濡らす。思わずスマホを見て、小さく悲鳴を上げた。  履歴がないのだ。  さっきまで、何度も電話をしていたはずの、マリーとの通話記録が。  自分は何故、友人でもなんでもない相手を友達だと思い込んでいた?自分は一体、何をどうやって彼女に電話をかけていた?電話番号も知らない、正体も知らない、そんな相手をまるで何十年来の幼馴染でもあるかのように扱って――。 ――待って、待って、待って。じゃあ、私は。 「優香ちゃん」  声が、聞こえた。  大学生にしては――否。  十二歳の女の子としては年相応の、幼くて可愛らしい声が。 「来てくれてありがとう。待ってたよ」  次の瞬間。門が開くと同時に――私の体は、庭へと吸い込まれていったのである。
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