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きて、きて、きて。
「ちょっと、今どこよ?」
私はイライラとスマホを耳に押し当てた。ああ、イヤホンを持って来ればよかった、そうすれば画面が汚れずに済んだのに――なんてことを考えても後の祭りである。休日のS駅前は人でごったがえしている。向こう側の音が非常に聞き取りづらい。ぐいぐいと耳にスマホをくっつけて、私は普段よりも大きな声で叫んだ。ちょっと怒鳴るような声になっていたかもしれない。
「こっちはもう三十分も待たされてんだけど!どっかでトラブったのかと心配になったじゃん!」
『本当にごめんね!準備に時間かかっちゃって……』
「服選ぶのにでも時間かかった?それとも寝坊?どっちにしたって待ち合わせ時間になる前にちゃんと連絡よこしなさいよ、もう」
『優香、ごめーん!許して?』
電話の向こうで、マリーは完全に平謝りしている。本当に反省しているのだろうか、と私は深く息を吐いた。レポートで忙しい中、無理やり時間を作って土曜日にここまでやってきたのに。そもそも、私をびっくりさせたいから待ち合わせしよ!なんて言いだして来たのは向こうの方である。いくらなんでもだらしがなさすぎるのではなかろうか。
「……で、来れるまであとどれくらい時間かかるわけ?今日のイベントの用件さえ、私はなーんも聴いてないんですが?」
ジト目になりながら言えば、えっとねえ、と鈴が鳴るような声で彼女は返してきた。
『……その、なんていうか。今やっと家出たところ、というか』
「はあ!?」
『だ、だからね?……ちょっと迎えに来てくれると助かるかなあ、なんて……』
「オイ」
そもそも、自分がわざわざ遠くのS駅まで来たのは、彼女の家がS駅に近いからである。ここまで待たせておいて迎えに来てくれとはどういう了見だ、と私が怒るのも当然だろう。
「帰るぞコラ」
思わずドスのきいた声で告げれば、それだけは勘弁して!と悲鳴が上がった。
『うわーんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!お願い待って帰らないでえ!サプライズ用意してるんだってば、きっと優香ちゃん気に入ってくれると思うから!』
「遅刻しておいて何を言う」
『それは悪かったって!だ、だからね、家まで来いとは言わないから、●●交差点のコンビニ前まででいいから来てくれないかな』
「はああ……」
こうも懇願されては、嫌とは言いづらい。そもそも私だって、せっかくS駅まで来たのに何もしないで帰るのは本当は嫌なのだ。学校のレポートは煮え詰まっているし、オカルト研究会で発表する資料もまだ整えていない。せっかく古城まで行って取材したのに、こうも己の要領が悪いなんて完全に計算違いもいいところである。彼女の誘いに乗ったのも、半分はどうしても気分転換したかったというのもあるのだ。
「ちゃんと来ないと本当に帰るからね?」
私が念を押すと、彼女はありがとー!と明るい声を上げた。なんとも現金な奴だと言わざるをえない。というか、無駄にロリっぽくて可愛い声がさらにムカつくといったら!
――調子のいいやつめ!絶対後で高いパフェでも奢らせてやっからな!
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