カゲロウ消える時

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 兄も彼らの後姿を見ていてくれたおかげで、正確な時間と足取りは捜査の結果わかった。信号のない十字路を右に曲がった後、行方がわからなくなったようだ。田舎の夕暮れ時、当然目撃者などいない、変質者がいたという情報もない。そもそも一人ではなく複数人だ、全員変質者により誘拐されたとは考えにくい。  息子の帰りを待つ保護者達は必死に探し、彰のところにも他に何かなかったかと必死に聞きに来た。覚えていることはすべて話し、その中でふと思った。 「おばさん、ナオ君が言ってたんだけどカゲロウの伝説って知ってますか」 「カゲロウの伝説? 知らないわ、どんな話なの?」  直哉から聞いた話を説明すると、一緒に彰に会いに来ていた他の保護者達も首を傾げる。聞いたことがないらしい。 「彰君、その伝説の通りみんなおかしな世界に行っちゃったって考えてるの?」 「……はい」 「そうね、そういう可能性も考えないとね、ありがとう教えてくれて」  心配そうに言う直哉の母親、そして他の保護者達も信じていないだろうなと思った。そんな馬鹿な話あるわけないと。でも頭ごなしに否定せず聞いてくれたことは嬉しかった。信じてなさそうなので、影が一人揺れていたことは言えなかった。  直哉が言っていたカゲロウ。では、直哉は誰から聞いたのだろう。  あれから十年、彰は二十一歳になっていた。大学卒業後は就職も決まっている、都心のIT企業だ。今はアルバイトで、ある劇団の大道具係としても働いている。  高校卒業と同時に都心で一人暮らしをしているが、毎年秋のこの時期は帰って来る。皆がいなくなったあの日、あの時間に。 「あ」  皆を見送ったあの場所に行くと、直哉の母親がいた。向こうも彰に気づくと小さく微笑んで会釈をする。 「今年も来てくれたのね」 「はい」  複雑な表情をする彰に、直哉の母親も苦笑だ。 「自分だけ助かって、罪悪感みたいのがあるんでしょう? あなたが悪いわけじゃないのに」 「誰からも責められたことはないです、当時は皆さんから随分心配してもらいましたから」  地域は団結し、見守り通学が増えた。保護者達は彰に何かあったら大変だとだいぶ気にかけてくれた。友達全員を失い学校を休みがちになった彰がまた学校に行けるようになったのは、友人の保護者達がお見舞いにきてくれたからだ。
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